Ver.7.0/第40話
〈魔界の覇者〉を目指す攻防戦が始まる2日前に時は戻る。
ゴーレムを進化させられることがわかった直後。
「それじゃあ、行ってくるよ」
モカは一緒に城下町を出たハルマとマカリナに声をかけると、相棒のコナに乗り込み走り出す。
打ち合わせの通り、機動力を活かして魔界のフィールドを好き勝手に探索するためだ。素早さと言う点だけなら、コナよりもモカの方が高いのだが、騎乗できるテイムモンスターの特性上、移動スピードは相乗効果で上昇する。
加えて、視点が少しだけだが上がることで、探索には向いているのだ。
ハルマとマカリナに見送られ、一路荒野エリアを目指す。
山岳地帯が自軍エリアのフィールド外縁部に点在するため、その裾野に広がる荒野も同様に点在することになる。
拠点エリアとの緩衝地帯であるモンスターのポップしない中立エリアを抜けると、まずは森林エリアだ。いくつか街道も延びているので、状態異常攻撃を多用する厄介な虫系モンスターを避けて通り抜けることもできるのだが、森の中を蛇行して進まなければならないため、少々時間がかかってしまう。
普段であれば気にならない程度のロスなのだが、魔界では活動時間が限られているため、街道を使わず森を突っ切ることも選択肢のひとつとなるわけだ。
「さーて、どこに向かおうかねえ?」
見通しの悪い森を突っ切りながらテトテト走るコナの上で、目的地を思い浮かべる。自由に散策して良いと言われても、それはそれで困った話だ。
最終的にゴーレムを捕獲しなければならないという目的はあるものの、そこに至るまでは無数のルートが存在する。
「おっと、危ない」
ぼんやり考え事をしながらでありながらも、不意に視界の端に捉えたモンスターを一突きで屠る。第三者が見ていたら、どう考えても死角にいたはずなのだが、彼女にだけは見えているらしい。もしかしたら、〈デュラハン〉の効果で三人称視点で戦うことに慣れたことで、スキルを使わずとも感覚的に察知できるようになっているのかもしれない。
傍目に見ていると注意力散漫としか思えない動きながら、襲われる前にモンスターをどんどん捕獲していく。これがハルマやマカリナであれば〈発見〉のスキルによって事前に察知することができるのだが、魔界の森にポップするモンスターを見つけるスキルをモカは取得していない。そもそも、〈発見〉のスキルも、モンスターの気配にかんしては視界の中に収まっていなければ反応しないので、死角から襲われては意味がないのだ。そのため、どんなプレイヤーであっても、森の中を移動するのは慎重にならざるを得ない。
であるはずなのに、ハルマやマカリナよりも反応は早いくらいだ。もはや、あるはずのない殺気を感知しているとしか思えない動きである。
「えーと? 矢印がこの向きでしょ? ってことは、あっちが川だよね? ハルちゃんは一番近い山目指すって言ってたから反対方向だし、このまま真っすぐ行けば未踏破エリアだよね?」
方向音痴ながらも、必死にマップを読み解き進行方向を定める。忘れてはならないが、彼女は今、見通しが悪くモンスターが隠れ潜む森の中を進行中、ということだ。ハルマと違って、ちょっとやそっとの攻撃で死ぬことはないとはいえ、油断しすぎにも思えるが、その実無傷のまま森を切り抜けることに成功してしまうのだから驚異的と言えよう。
ただ、戦いに夢中になって、進行方向が疎かになる悪癖は変わりがないようで、本人の気づかぬうちに進路はどんどんズレていく。
「あれ? 何で川が?」
こうやって明確な間違いに気づける時はまだ良い。
再度未開拓エリアを目指してひた走るうちに、またまた進行方向を間違えた後は、同じような風景が続くだけだった。というか、そもそも修正したはずの進路が最初から間違っていたのだから、どうしようもない。
ハルマ達と一緒に駆け抜けた〈ドアーズ〉の時に、マップの重要性は学んだはずなのだが、苦手なものは簡単に克服できないものだ。
しかも、今回はどうしてもやり遂げなければならない目的があるわけでもないので、尚更気が抜けていた。それだけでなく、森を抜けるとほとんどが平野エリアになり、亜人系の縄張りとなる。
亜人系はゴブリンを中心に大集団で行動しているので、モカ好みの大暴れスポットであるのだ。
最初こそ広範囲スキルで一網打尽にすることに快感を覚えていたが、最近ではコナから下りて、スキルも何も使わず、槍一本で1体ずつ蹴散らしていくことに喜びを見出している。
これは、〈ドアーズ〉がキッカケでスタンプの村にやってきた新しい住人の影響があった。
老齢プレイヤーであるアグラとヤチの夫婦である。
ふたりともリアルで武芸の嗜みがあり、一流と呼べる技を持っている。それをゲームに取り入れて戦う姿は、何とも華麗なものだった。
今までは、ただガムシャラに体を動かしてきただけだったので、体をどのように動かすのかといった理屈めいたことを意識したことがない。それで最強と呼ばれるまでになっているのだから、空恐ろしい人物なのではあるが、そこに、ヤチから教わった技術が少しずつ染みわたっていくようになっている。
「やっ! はっ! ほっ!」
短い呼吸音が発せられるたびに、ゴブリンが粒子となって消えていく。〈ゴブリン軍の進撃〉の時と違い、魔界のゴブリンは、群れてはいるが、群れを活かした戦いはしてこない。連携も何もないので、こちらが多少ミスを犯しても、致命傷を負うこともない。つまりは、モカにとって格好の練習相手であった。
そして、当然、戦いに集中するあまり、自分の現在地を気にかけることもなくなるわけである。
ただし、今回はそれが良い方向に傾いた。
「お? あんな所に洞くつ発見!」
魔界の洞くつはランダムで生成され、時間経過によって位置が変化する。いわば、一期一会の存在だ。
モカも、入れるうちに入ってしまおうと、周囲に溢れるゴブリンをスキルで一気に消し飛ばし、向かうことにした。
しかし……。
「ざーんねん。ただのゴブリンの巣だったか」
洞くつを丹念に捜索したが、お目当てのベビーサラマンダーを見つけることはできず肩を落とす。むろん、激レアという情報は知らされているので、本気で落胆しているというわけでもない。
ただ、少しだけ気になることがあった。
「にしても、この洞くつ、やけに狭いわねえ。うちとしては、いつもこれくらいだったら助かるんだけど」
今までも、何度か洞くつを見つけたことはある。魔界の活動時間の関係か、いずれも小規模な造りではあったが、入り組んだ造りになっており、方向音痴のモカとしては苦労させられているのだ。
それが、今回は非常に短時間にあっさりと攻略できただけでなく、妙な既視感があった。
「……あれぇ?」
インスタントの自動生成で、造りもランダムで毎回変わるはずなのに、どこで見たことがあるのだろうか? と、腕組みして悩んだ結果、このシンプルな造りを良く知っていることに気がついた。
「うちが作った地下迷宮と似て……あれぇ?」
改めて見つけた洞くつの造りを観察した後、マップで現在地を確認する。この段階に至るまで、自分がどこにいたのかも、実は把握していなかったのだ。
「ここ、昨日うちが掘った洞くつ、だよね?」
見覚えのある洞くつ。見覚えのある場所。このふたつが重なったことで、ようやく真実に気づく。同時に、納得した部分もある。
今までの洞くつと異なり、あまりに狭すぎる点だ。
モカは槍を主武器にしているので、振り回すのには不向きな狭さ。ただ、刺突武器として使うには何の不便も感じなかったが、大ぶりな剣や斧しか持っていなければ、ろくに戦うこともできなかったことだろう。今まで経験したダンジョンに、そのような縛りが存在することはなかった。基本的に、プレイヤーに優しいダンジョン造りになっている。
だというのに、ここは狭すぎた。
それもそのはず、手掘りなのだから。
昨日、ハルマが川と外堀を繋いだことを聞き、地下迷宮を作るためにもらった鍬。マカリナの言葉で、岩壁の奥に何かあるのではないかと話していたのを覚えており、テキトーな場所で穴を掘っていた。
ツルハシと違って、岩壁を掘ることはできなかったので、平原エリアで見つけた丘を調べていたのだ。
「そっかあ。ここだったのか。ということは、人工的に作った洞くつにもモンスターが棲みつくってことだね。しかも、時間が経っても消えない上に移動もしない。ニッシッシぃ。ハルちゃん達にも教えてあげよう。いやー、方向音痴もたまには役に立つもんだね」
モカは思わぬ大発見に笑みを浮かべ、今度こそ間違えないように荒野に向かって移動を始めるのだった。
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