Ver.7.0/第35話

「何度見ても慣れないわね」

 扉の前で立ち塞がるゴーレムは、威嚇するポーズのまま眠りについている。物質系のモンスターも眠るのかと疑問に思うが、寝ているにせよ寝ていないにせよ、停止していることに変わりはない。それは、光の消えた目を見ればすぐにわかる。

 この辺が物質系とマシン系の違いでもある。

「こいつ、どかすのはどうするんだ? このままじゃ、錬金魔法陣が敷けないぞ?」

 ゴーレムの足元に絨毯を敷こうとするが、ゴーレムを壁などのオブジェクトと同じ扱いで認識するのか手前にしか設置できない。

「大丈夫、大丈夫。そこの扉を開けようとするだけで目を覚ますから。そしたら、この子はどこかに移動して、新しい子がやってくるみたい」

「やっぱり、ただの門番じゃねえか」

 妙なところで妙な設定が存在することに、微苦笑がこぼれてしまう。

 マカリナも肩をすくめながら、ゴーレムの脇をすり抜け、扉に手を触れた。

 直後、ゴーレムの石で出来た顔の目に光が宿ると、寝ぼけた様子もなくマカリナが無害であることを一瞥しただけで確認すると、重い足音を響かせながら移動を始めた。どこに消えるのかと見ていると、数メートル歩いたところで体が薄れていき、空気に溶けるようにフッと消えてしまう。

「すぐに次の子が来ちゃうから、早いところ魔法陣を敷いちゃいましょう」

「あいよ」

 ゴーレムが立ったまま眠っていた場所を頼りに、持ってきた錬金魔法陣を設置する。絨毯の大きさはゴーレムよりもだいぶ小さいので、端に乗る程度の位置にしなければならない。

「うん。その辺で大丈夫だと思う」

 決められた場所に決められたポーズのまま収まるので、調整は難しくない。一度場所が決まれば、連続して使用することも、可能であろう。

「あとは、こっちに……。魔瘴銅にする? 魔瘴鉄にする? 魔重石ってことはないわよね?」

「〈コーティング〉だしな。フレーバーテキスト読む限り魔重石は違うと思う。どっちでもイイけど、魔瘴銅の方が数は拾えてるから、魔瘴銅にしとくか」

「オッケー」

 セッティングが終わり、待つこと数分。再びゴーレムがフッと現れ、重い足音を立てて扉の前にやって来た。

 大きな足の端っこが、ぴたりと錬金魔法陣の上に乗っている。

「それじゃ、やるよ!」

 メニューから錬金レシピを呼び出し、MPを注ぎ込むために両手を絨毯に乗せる。

「やった! 発動条件満たし……た、けど」

「けど?」

「ハルぅ。これ、あたしらじゃ無理だあ」

「え? 何でよ?」

 生産職にとって〈錬金〉は基礎になるため、ふたりとも達人となっている。そもそも、〈錬金〉にかんして言えば、条件を満たせば失敗することはないはずだ。だというのに、マカリナが無理だと断言するとは、何事かとハルマも驚きを隠せない。

 しかし、理由はいたってシンプルなものだった。

「消費MPがエグイ」

「ああ……、ね」

 マカリナでも不足しているのだから、ハルマに足りるはずもない。せっかくの大発見を前に、現実的な難問にぶち当たり頓挫してしまう。


 ……いつものソロプレーであったなら。


「いやー。あたしらだけじゃなくて良かったね」

 問題は、あっさりクリアできた。


「はいはい。来ましたよ。お給料のことが何かわかったんですか?」

 呼ばれて現れたのは業火の大魔導士。最強魔法使いのネマキである。

「何々? 何の面白いことが始まるの?」

 ついでではないが、ひとりだけ呼ばないのは怒られそうだったので、モカも呼んでいる。これで勢ぞろいである。

「ああー、NPCへの給料についても色々わかりましたけど、別件です、ね。俺達だとMP足らないから、ネマキさんにお願いしたいことがあるんですよ」

 ハルマにもマカリナにも無理だが、ここには全プレイヤーの中でも最高値に近い豊富なMPを持つ者がいる。さすがに彼女でも足らなければ、お手上げだが、運営もそこまで高い要求はしないだろう。

「錬金レシピの中に〈コーティング〉っていうのを教えてもらってるはずなんで、それを試してもらえますか? セッティングは終わってますから。さっき試してみた感じだと、たぶん成功できると思います」

「あらあら。そういうことならお任せくださいな」

 ネマキも、面白いものを見つけた子どものようにワクワクした表情を浮かべている。それは、モカも似たようなものだ。

 どういう結果になるのか、4人で固唾を飲んで見守る。

 錬金魔法陣に両手をつき、ネマキの膨大な量のMPを注ぎ込む。すぐに魔法陣に仄かな光が溢れ、ふたつの素材を包み込む。

 そのまま素材は粒子になって宙を舞い始め、徐々に混ざり合ったかと思ったら、再び形を帯びていく。

「「「「おおお……」」」」

 形はどんどん人型になり、更に膨らんでいく。次第に人型と呼ぶにはゴツイ形状となってその場に降臨した。


「カッパーゴーレムになった……」

 粘土よりは多少丈夫な程度の石材でできた体だったゴーレムが、銅の体に進化した。調べてみると、ステータスの上昇は約2倍。通常のゴーレムであっても、魔界の防衛戦においては強力な壁役をこなすというのに、更に強固な壁役となって再誕した。しかも、魔瘴銅で生まれたのがカッパーゴーレムであるのなら、魔瘴鉄で生まれるのは別のゴーレムということになる。

「ネマキさん、魔瘴鉄でもお願いできますか!?」

 生まれたばかりのカッパーゴーレムが通常のゴーレム同様、扉の前から移動した後で、新たなゴーレムがやってくるのを待ち、声をかける。

「ちょっと待ってください。これ、私のMPでも半分以上持ってかれましたので、回復しないと足らないですね」

「ええぇぇ……。ネマキさんでもそんなに?」

「まあ、問題ありませんわ。ハルマ様特製のMPポーションがありますから、ちょっと待ってくださいね」

 逸る気持ちを落ち着けるように、ネマキはゆっくりとメニューを操作する。

 そうして再びMPを満タンにした後で、錬金魔法陣に両手を置く。

 続いて誕生した新たなゴーレムは、予想通りアイアンゴーレムとなった。


「カッパーで2倍。アイアンで4倍の強度か。他のステータスまで合わせると4倍にはちょっと足らないけど、エグイ進化だな」

 口元をヒクつかせながら予想以上の戦力アップに唖然とする中、モカだけは純粋に感心したように手を叩いて「スゴイスゴーイ」と、歓喜の声を上げるのだった。

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