Ver.6/第40話

 集落の入口には、水中から上れるハシゴが準備されており、ハルマ達はそれを利用する。アクアは水中を移動した方が楽なのだろうが、ハルマを案内するために上ってきてくれた。

 通路は他の街と遜色のない広さを有し、水の上に置かれていることを感じさせない歩きやすさだ。

 通路沿いに商店も並び、平時であれば賑わっているのかもしれないが、先ほどまで見かけていたマーメイドもその他の種族も見かけなくなった。

「あそこですう」

 アクアの案内で集落を移動すること数分、ようやく水中から見えた大きな屋敷というか集会所のような場所にたどり着いた。

 ここも、水中が入口なのだが、来客用なのか、水上部分にも玄関が用意されている。アクアは、遠慮もなく玄関を開けるとハルマを招き入れ、そのまま奥へと進んでいった。

「長老様~。ただいまですう。何かあったんですかあ?」

 アクアに続いて中に入ると大広間になっており、大勢のマーメイドが忙しそうに動き回っていた。大広間に床はなく、プールのような空間だ。

 長老は、そんな空間の上座らしき場所に陣取り、指示を飛ばしていたが、アクアの声を聞くと少し驚いたような表情を見せ、すぐに駆け寄ってきた。

 駆け寄ってきたと表現したが、水中をズバッと横切った感じだ。

「おお! アクア。丁度良いところに戻ってきた。クラーケンじゃ! クラーケンが目撃されたんじゃ。急いで、守りを固めねばならん!」

「何だあ。そういうことでしたかあ。それなら、大丈夫ですよお。こちらのハルマさんが、退治してくださったので~。それで、私も、ハルマさんの旅のお供に加えていただくことになったので、警備を誰かに任せたいんですよお」

「おぬしは我ら一族でも突出して優れた魔法使いじゃ。忍びないが、精鋭を率いて最前線に打って出て……。今、何と?」

「ですからあ。こちらのハルマさんが退治してくださいましたよ? それとも、そんなにたくさん目撃されたんですかあ?」

「いや。1体だけじゃが……。本当に、退治したのか? クラーケンじゃぞ?」

「ビックリですよねえ。少し小型に見えましたけど、間違いなくクラーケンでしたから。でも、ハルマさんの敵ではなかったみたいですう。すごかったですよお」

 長老とアクアの会話が周囲にも聞こえたのだろう。他のマーメイドも、ぽかんとした表情を作り、ハルマを見つめてくる。

 あまりに多くの視線を浴びたため、ハルマも思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 そうこうしていると、長老がハルマの前にやってきて、ジッと見つめてきた。

 何も言わぬまま、居心地の悪さばかりが膨らんでいく。ハルマも、どう反応すればいいのか困っていると、長老が目を見開き、何かに驚いた。

「これは!〈海の守護者〉の称号! クラーケン討伐者の中でも、最上位の称号ではないか!? よもや、ワシの目が黒い内に、拝める日がくるとは……」

 どうやら、クラーケンを討伐すれば、何かしらの称号が獲得できるらしい。そして、ハルマが獲得した称号こそ、レア中のレアだったようだ。それも、そのはずだ。あれがNPC込みとはいえ、ソロで討伐されるなど、運営も想定していないことだろう。

 そこからはもう、お祭り騒ぎとなった。

 以前、風喰いから森を守った際に、ダークエルフの集落で神に等しい扱いを受けた時と似たような状況になっていた。

「はははは……。早く、落ちたいんだけどな」

 あれよあれよと、大広間の中に祭壇のようなものが設けられ、ハルマ一行が座らされる。ハルマ達の前には、戦士のようなマーメイドが整然と並んでおり、水中では食べ物を運び込むマーメイド達が忙しく出入りしていた。

 強制的にイベントが進んでいくせいで、中座できない。

 とはいえ、貴重なイベントを体験しているであろうことは自覚しているので、最後まで付き合うつもりである。

「此度は、我らが集落をお救いいただき、感謝の言葉もございません。こちらは、ささやかではありますが、お礼の品でございます」

 長老が、かしこまりながら何かを差し出してきた。

 ダークエルフの集落の時と違い、見知らぬものばかりである。おそらく、このエリアで手に入るものだろうが、レア物なのかどうかは判断がつかない。

「あー。いや。要らないですよ? 襲われたから、相手しただけですし。勝てたのも、たまたまだと思うので」

 本音を言えば、見たことのないアイテムなので、欲しい。のだが、お礼をされるのも、何となく違う気がした。注文されていない蟹を勝手に送り付けて金を払えという詐欺と、大差ない気がしてしまったのだ。

「なんと……。それでは、我らの気が済みませぬ」

 ハルマに何とか報酬を渡したいのだろう。長老はしばらく考え込むと、はたと何かを思いついた顔になった。

「そうじゃ。アクア。おぬし、ハルマ様のお供をすると言っておったな」

「はい~。ちゃんと覚えててくれたんですねえ」

「ならば。おぬしに、一族に伝わる雷神の槍を授けよう。そして、ハルマ様のお役に立てるよう、励むのじゃ」

「あら~。あれを貰っちゃっても、本当にいいんですかあ?」

「ふふふ。構わぬ。それに、あの槍は、おぬしくらい魔力が豊富でなければ、本来のちからは発揮できぬからな。クラーケンがこの辺りまで出没するなど、穏やかではない。この世界に、何やら良からぬことが起こるやもしれぬ。そうなったら、ハルマ様をしっかりお支えするのじゃぞ」

「はい~。がんばりま~すう」

 すごく良い場面のはずなのに、アクアの緊張感に欠ける態度に、何とも締まらない雰囲気となったが、これでマーメイドとの関係は友好的なものになったようだ。

「それにしても……。これ、雷神関係のイベントが続いてたのか、マーメイドのイベントなのか、よくわからんな」

 思わぬアクアの強化に、ハルマも驚きを隠せない。

 だが、こうして、ようやくこの日の冒険を終えるタイミングとなったのだった。

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