Ver.6/第35話
水中トンネルを抜けた先は、天から陽の光が差し込み、神秘的な景色だった。
「スゴイな」
しばし、色とりどりのサンゴと、そこを棲家にする小魚たちの群れに目を奪われる。ゲームの中の作り物とはいえ、それは圧巻であったのだ。
「ハルマさーん。行きますよお」
動きを止めてしまったハルマに、アクアが呼びかける。当然、彼女にとっては、見慣れた景色なのだろうが、道案内と言うNPCの役割をまっとうしているというのも大きいだろう。
「ああ、すまない。今、行くよ」
ハルマは、手早くスクショに収め、先を急ぐことにした。
「この先に、集落に向かう海流がありますので、それに乗れば5分くらいで到着ですかね」
アクアの指さす方に目を向けると、ハルマでも海流があることが見て取れた。他のゲームでも見たことがあるような、ショートカットの演出に近いだろう。
「じゃあ、行きますか」
どこからか流れてくる水の流れに飛び込むと、ドンと加速した感覚に襲われた。
「うお!」
幸い、ユララのスキルの範囲内にいるものは、まとめて運んでくれるらしく、ズキンとニノエがはぐれる心配はなさそうだ。
海流に飛び込むタイミングが多少ズレても、パーティ内のメンバーが散り散りにならないように、流れが調整され、ひと塊で運んでくれるようだ。
後は、このまま流れに任せておけば、マーメイドの集落に送り届けてくれる。
……と、聞いていたのだが。
「ん?」
急に、周囲が大きな影に包まれたかと思ったら、正面に大きな壁が立ち塞がったではないか。
「ふぁ!?」
潮の流れは早く、〈水泳〉のスキルでどうこうできるものではない。アクアでさえも、とっさに反応できないタイミングで現れた壁に為す術もなく、ぶち当たる。
「ぐへ!」
ぶよんとした弾力のある何かに衝突したかと思ったら、何が起こったのかもわからぬまま、もみくちゃにされてどこかに流されてしまった。
気を失う、ということもなく、どこかにたどり着いた。
周囲を崖に囲まれた、狭い入り江の砂浜のようである。
「みんな、大丈夫か?」
自分が大丈夫なのだから、心配する必要はないだろうが、念のために確かめる。
「あちきは大丈夫です」
「私も大丈夫っす」
「ユララも大丈夫なのですぅ」
ハルマと一緒に流されていたメンバーが、いち早く立ち直る。
「我も問題ない」
「あっしも大丈夫ですが、何が起こったんじゃ?」
ヤタジャオースとバボンは、ぶるぶるを水滴を周囲にまき散らしながら告げてきた。
「拙者も大丈夫でござるが、これはまた、珍妙な」
「どうやら、あまり歓迎できない相手のお出ましのようだよ」
実体を持たないため、一部始終を把握していたらしいピインが、入り江の方に目を向ける。ハンゾウも、すでに気づいているようだ。
「あれは……。クラーケン? に、しては、少し小さいような?」
ピインに釣られて目を向けたアクアが、訝し気につぶやいた。
「あー。定番だよ? 海関連のイベントっていったら、クラーケンだよ? でもさ、もっと登場の仕方があるんじゃないの?」
アクアが首を傾げるのを他所に、ハルマは半ば諦めモードで準備を始める。何しろ、問題のクラーケンは、威嚇するように手足をバシャバシャ海面に叩きつけながら、どんどんこちらに近寄ってきているからだ。
どう見ても友好的ではない。
しかも、困ったことに、問答無用で戦闘に入っているらしく、インベントリからトワネもラフも呼び出す暇もなさそうだ。マークは装備品として呼び出すことができるが、あれが相手では出番はないだろう。
「シャムだけでも召喚しないと……、ひゃあ!」
そうかと思ったら、突然、自分の腕が動き、握ったままだった片手剣が何かを弾き飛ばした。
「気をつけてください。それはタチウオモドキという貝のモンスターです」
砂浜に突き刺さった太刀に向けて、アクアは注意を促す。
「タチウオモドキって、どう見てもただの太刀じゃん」
タチウオモドキは、クラーケンに追い立てられるように海中から飛び出し、襲い掛かってくる。見た目がただの太刀であることもあり、避け損なうとかなりのダメージを受けてしまう。幸い、単純な特攻による物理攻撃のため、ハルマに被害は及ばない。
それもあって、ハルマを盾にした陣形に自然となる。
「うへえ。ただでさえ突然のイベント戦の上に、俺が盾役かあ。あのサイズは、レイド級だぞ?」
クラーケンの歩みが遅いため、直接の戦闘にはなっていないが、次から次にタチウオモドキの攻撃が繰り返される。更に、攻撃が届かないことに憤慨してなのか、近場の岩を掴んで放り投げてきたではないか。
「アホかー!」
と、叫んだものの、イシツブテ同様ガードできる攻撃であったため、事なきを得る。問題は、周囲の水を巻き込んだ、津波のような攻撃をしてくるかどうかである。
「水属性は70%軽減できるとはいえ、このサイズの攻撃だと、耐え切れないよなあ。バボンの〈シールド〉で、どこまで軽減できるかだな」
こうして、行き当たりばったりの戦いが始まった。
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