Ver.6/第34話

 炎雷石を入手するのに手間取り、すでにかなりの時間を使ってしまった。

 マーメイドの集落に向かうのは、翌日にしようかとも悩んだが、今から別のことをするにも、ログアウトするにも中途半端な時間である。

 しばらく考えた結果、行くだけ行ってみようという結論に達した。

 イベントが発生したとしても、ゲームであるので、ログアウトできない状況も長くは続かないはずだ。イベントの途中で回線が切れてしまっても、少し巻き戻って再開できることがほとんどだ。

 特に、レアなクエストやイベントほど、こういうバックアップ機能は親切設計になっていることが判明しているので、ハルマもその辺に関しては安心している。

「トワネとラフ、マークはインベントリに仕舞うとして、ユララの加護が必要なのって、俺とズキンとニノエくらいか? シャムも大丈夫そうだけど、念のために帰還させておくか」

 ユララが水中でのみ使えるEXスキル〈エアシールド〉の効果範囲はかなり狭い。3人でもギリギリに思えたので、これ以上対象を増やすと、誰かがはみ出す可能性がある。

 マリー、エルシア、ピインは実体を持たない。ハンゾウはアンデッドなので、これ以上死ぬことはない。

「ヤタジャオースとバボンは、どうなんだ? 水の中で、どのくらい自由に動ける?」

「我はアイスドラゴン。水龍の亜種みたいなものじゃ。水の中でも何ら変わらん」

「あっしも神の端くれですからな。空気がなくとも困ることはありゃせん」

 ハルマの問いかけに、ヤタジャオースとバボンがそれぞれ答える。

「助かる。モンスターがいないとはいえ、警戒はしておきたいからな。にしても、バボンはいけそうだと思ってはいたけど、ヤタジャオースも問題なかったのか……」

 自分が、何かと妙なクエストやイベントを引き寄せる体質があると自覚しているし、気を抜いて、せっかくの機会を無駄にしてしまうのももったいない。


「それじゃあ~、いきましょうかあ」

 アクアのユルイ掛け声に合わせ、思い思いのタイミングで泉に飛び込む。

 SEだけはドボンと落水したものだが、濡れる感触も水の抵抗もないため、相変わらず奇妙な感覚だ。

 それでも、即座に〈水泳〉のスキルが発動し、動きが自由になる。

「ユララ、頼む」

 水中での会話も、スキルによって可能になるが、基本的に水中で一定時間動いていれば〈水泳〉は取得できるので、困ることはまずない。

 ハルマの呼びかけに応じて、ユララも〈エアシールド〉を展開し、ハルマ達のサポートを始めた。

「ほえ~。便利なスキルですねえ。さすがは、神様」

 アクアも、ユララの〈エアシールド〉を見て、感心し切りである。

「それじゃ、案内を頼むよ。底の方の横穴に入れば良いんだよな?」

「あ、はい。ちょっとわかりにくい場所なので、案内しますねえ」

 アクアは、さすがはマーメイドという優雅な動きで水底へと泳いでいく。ハルマも、ユララと一緒に移動を始めると、同じ加護の中に身を寄せるズキンとニノエも移動を始めた。

 基本的に、水中でも個人のステータスが反映されるため、このふたりがハルマに置いて行かれるという心配はない。とはいえ、動きを止めることで、自然と沈んでいくので、身を任せるだけである。ユララの〈エアシールド〉は特殊で、浮力はないのだ。


 小さな泉だと思っていた場所だったが、潜ってみると底まで遠い。

「こりゃ、底にたどり着ける人、いないだろうな」

 ユララがいなければ、ハルマのHPはとっくに空になっているはずだ。VITとAGIに秀で、HPも豊富にあるプレイヤーであっても、底まで行くことはできても、戻ることはできそうにない。これでは、この泉の探索が進まないはずである。

「旦那様。ちょっとあちき達には、暗いようでございます」

 アクアの待つ水底に到達する前に、ズキンがハルマに身を寄せ呟いてきた。見てみると、ニノエも同様らしく、ハルマを見失わないように必死なようだ。

「この辺は、ダンジョンに近い扱いなのか。ピイン、明かりを頼む」

 マリーとエルシア同様、肉体を持たないため、ピインはゆらゆらと付いて来ているだけだ。上品なジャケットを着たウサギが、重力に任せてゆっくり落ちていく姿は、何とも奇妙である。

 ハルマの呼びかけに、すぐさま魔法は発動され、周囲を照らす。当然ながら、水中では松明もランタンも使えない。光源を火に頼らない魔道具系のアイテムなら使えるようだが、かなりレアなアイテムらしい。

「こちらです~」

 ピインの生み出した明かりに照らされたアクアが、手を振って呼びかけてくる。最深部ではなく、そのちょっと手前だ。

 上層部と異なり、ゴツゴツした岩ばかりが目立ち、案内されなかったら、横穴があるとは気づけないだろう。

 だが、横穴に入ってみれば、すっきりとした造りになっている。

「この横穴、自分達で掘ったのか?」

 進むほどに道は広くなり、ついには天井も床も壁もしっかり整備された通路に変わっていた。

「あははは~。元々は天然の鍾乳洞だったらしいんですが、大昔の神と邪竜の戦いで沈んだそうですよお。なので、横穴自体は天然のものですが、ここの見張りを続けるだけなのも暇なので、気が向いた時に魔法の練習がてら整備していたら、こんなになっちゃいましたあ」

「お、おう」

 一体全体、どれだけここで見張りを続けていたのだろうか。

 しかし、この横穴を沈めた張本人の邪竜とは、もしかしなくとも、ヤタジャオースのことであろう。

 そっと隣を進むヤタジャオースに目を向けてみたが、自覚はないらしく、何の変化も見られない。こういうところは、ある意味、NPCならでは、なのだろうか。

 横穴に入り、アクアの先導で進んでいく。

 通路は、照明がついているわけではないが、他のダンジョンでも時折見ることができる発光する植物があり、ピインの魔法がなかったとしても、ここまでたどり着ければ問題はなかっただろう。

 元が天然の鍾乳洞だったことから、道はクネクネと折れ曲がっていたが、分岐点はないらしく、一本道をひたすら進む。

 そうして10分ほど経過した頃、ようやく出口が見えてきた。

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