Ver.6/第26話

「あれ? 戦闘フィールドが解除されない……」

 ゲームを始めたばかりの頃であれば、バグか? と、あたふたしたことだろうが、すでに1年以上も遊んでいる。これが初めてのことではないし、むしろ歓迎するべきことであることにすぐ気づく。

 モンスターを倒し終わっても、戦闘が終了しない時は、レアモンスターが追加で登場する前兆なのだ。

 全てのモンスターが対象ではないが、特定のモンスターや特定の系統のモンスターを討伐すると、希少種のレアモンスターが追加で登場することがある。非常に珍しく、狙って討伐を試みようと思うと、相手によっては数百回から千回、それ以上の回数の戦闘を繰り返さなければならない。しかも、レアモンスターによっては、ただ戦闘を繰り返すだけでは登場しないものもいるらしく、不毛な行為に終わることも少ないため、偶然に期待するプレイヤーがほとんどであるほどだ。

 ただ、レアモンスターだけあって、討伐した時の報酬は豪華で、レア物であることが多い。

 以前、シュンに貰った金属弓のレシピも、滅多に出回っておらず、ハルマ以外に使っているプレイヤーを見かけることはないほどだ。まあ、これは単純に、金属弓を使えるSTRを持っているプレイヤーは、弓を選択しないというのも理由ではあるが。

 ハルマは、追加モンスターの登場を警戒しながら身構える。

 正直、ゲンコツトレントはトレント系の中では倒しやすい。ランクもEと、ロシャロカでは最低ランクだ。〈魔岩の森〉という特殊な条件下でなければ、ひとつ手前のエリアに配置されているのが妥当な強さといえよう。

 しかし、これから登場するであろうレアモンスターは、侮れないはずだ。

 通常、レアモンスターは、特定のモンスター、もしくは特定の系統のモンスターの上位種であり、強さは数段上になる。また、出現するエリアの中で、単体では最強クラスであることも少なくない。

 ゲンコツトレントの希少種であれ、トレント系全体の希少種であれ、ダークエルフの里があるアウィスリッドのエリアボス、フォリートレント級、もしくはそれ以上の強敵を想定しておく必要があった。

 待ち構えること数秒。

 戦闘エリアの外から、わさわさと枝が揺れる音が聞こえてきたかと思ったら、大きな影が浮かび上がり、ハルマ達の前に飛び出してきた。

「1体だけじゃないのか」

 レアモンスターのみの登場ではなく、ゲンコツトレントのおかわりも4体従えての登場であった。

 だが、これはむしろ好都合であった。

「このゲンコツトレントも通常のと同じなら、魅了できるだろ」

 これまでと変わらず〈ギターソロ〉で攻撃を開始した。

 すると、20秒ほどの演奏で、見る見るうちにゲンコツトレントの4体は魅了状態に陥り、互いに争い始めたのだが、それも長くは続かなかった。

「お?」

 ゲンコツトレントを従えて登場したレアモンスター、ベーシストレントが何かを取り出したかと思ったら、ハルマの〈ギターソロ〉に負けず劣らずの腕前で演奏を始め、魅了を解除してしまったのだ。

「ベーシストレント……。ベーシストのトレントってことか。ってことは、あれ、ウッドベースか」

 重低音を響かせ、癒しの音色を奏でていたかと思ったら、曲調が一変し、ズシンとした攻撃的な音色へと変化した。

「うおっ! 揺れる。マズい。バボン、〈シールド〉を頼む!」

 ベースの音色に合わせ、地面がうねり始めたのだ。そうかと思ったら、〈ギターソロ〉と同じように、継続ダメージが発生し始めたのである。

 パッシプ効果で土属性のダメージは70%軽減できるようになっているとはいえ、そもそもHPが少ない。軽微なダメージであっても、積み重なると、あっという間になくなってしまう。

「ぬう! こりゃいかん。こうも揺れると、まともに動けぬ。近寄れん!」

「い!?」

〈シールド〉の効果を高めるために、食べさせる鉱石を準備していたのだが、ペンギンの体では、ベーシストレントが生み出す揺れに移動を阻害されてしまうらしい。

 ハルマも何とか近寄ろうとするも、継続ダメージだけでなく、移動阻害の効果もあるらしく、ペンギンの体だからという理由ではなく動けなくなっていることに気が付いた。

「これ、ヤバいぞ」

 ハルマも、慌て始める。何しろ、こちらの動きは阻害されているというのに、トレント達は苦もなくこちらに迫って来ていたからだ。

 こちらも、ヤタジャオースは地面の揺れに干渉されないため、応戦できているのだが、それ以外のメンバーは悪戦苦闘している。ズキンも、羽を持つカラス天狗なので、宙に逃れることができるのだが、どうやら宙に浮いた状態では攻撃できない制約があるらしく、まともに応戦できていない。

 咄嗟に対応が思いつかなかったハルマは、迫りくるゲンコツトレントに、再び〈ギターソロ〉をぶつけていた。

 そこから後は、互いに演奏をぶつけ合う展開になった。

 ハルマがロックギターを奏でれば、ベーシストレントがウッドベースを奏でる。それのくり返しである。

 それでも、状況は刻々変化する。

 ハルマとベーシストレントの演奏合戦だけであれば、膠着状態も長引いたかもしれないが、ヤタジャオースのおかげでゲンコツトレントの数が順調に減っていったからだ。

 そして、ついに最後のゲンコツトレントがいなくなり、残りはベーシストレントだけになった。

 相も変わらずベーシストレントの特殊攻撃で、まともに動けるのはヤタジャオースだけであったが、そもそもハルマの仲間の中で最大火力を持つのが彼である。

 ヤタジャオースの攻撃で徐々にベーシストレントの動きは鈍くなり、特殊攻撃を仕掛ける余裕もなくなっていく。

 結果、何とか押し込むことに成功したのだった。

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