Ver.6/第20話
「あのー。もしもーし。ジェイさん?」
クエストの発注主と思われるNPCが目の前にいるものの、反応がない。
「うーむ。何やら、自分の殻に閉じこもっておるようじゃのお」
バボンが自分のくちばしで突いてみると、何かを悟ったように口を開いた。
「いや、まあ、そういう生き物だもんね。って、ツッコミどころの多いクエストだな、おい。心を閉ざしてるって意味なのはわかるけどさ……。しかし、どうやったら、出て来てくれるんだ?」
クエスト発注書も、紹介がメインのアイテムであるため、自動的に受注できるものではない。むしろ、自動的に受注できてしまう方が不都合があるため、できないようにしていると話していたほどだ。
どうすればクエストが進むのか、思い悩んでいると、ふと、妙なものが目に入った。ジェイの岩でできた星型の殻の中央に、小さな穴が空いているのだ。
それも、鍵穴のような形をしている。
ジッと、見つめていると、この状況を把握するように、頭の中に木魚を叩くような擬音が鳴り響く。
ポクポクポクポクポクポク……ちーん。
「ロックスターのロックって、そっち!?」
ダブルミーニングどころか、トリプルミーニングであることに思い至り、脱力してしまう。
だが、ようやく解決策が見つかり、〈開錠〉のスキルを発揮する。どうやら、これがクエスト発注書が求めるトリガーであったようだ。
「誰ですか? 私の殻を無理やりこじ開けるのは」
カギの開錠は、比較的容易であった。むろん、ハルマのDEXで開けられないカギであれば、クエスト発注書で紹介されることもなかったであろう。
カギが開けられたとはいっても、パカリと岩が割れて中身が飛び出したということはなく、星型の岩の各先端から、触手のようなものが無数に伸びてきて、手足と頭になったのだ。
本来は虫であるはずなのだが、変化が落ち着くと、人間にしか見えない容姿となった。両腕には、奇妙な模様が入っているが、タトゥーっぽい雰囲気で、むしろ人間味を増して見せている。胴体が岩のままであるが、どことなく無骨なロックスターに相応しい風格を感じさせるデザインとして上手いこと収まっている。
「あ、ごめんなさい。何か、スランプに悩んでいるらしいので、話を聞きに来たんですよ」
どう切り出したものかと思ったが、ハルマの反応は、重要な部分ではなかったらしく、ジェイは自ら話し出した。
「私は今、悩んでいるんだ。新曲に相応しい演奏ができなくてね」
「あれほど素晴らしい演奏をしておった御仁がか?」
「私の技術など、まだまださ。その証拠に、新曲を最後まで演奏できたことがない。今まで、こんなことはなかったんだが……」
「そんなに難しい曲なんですか?」
「難しい? そうだね。確かに難しい曲ではある」
ハルマの問いに、ジェイは微妙な反応を示す。
「ん? そんなに難しい曲じゃないのに、最後まで演奏できないってことですか?」
「実は……。曲の途中で、必ず弦が切れてしまうのだよ。何度やっても、テクニックでカバーしようとしても、同じでね。自分の未熟さに辟易していたところさ」
「おっと。まさかの物理的な理由……。物理的?」
技術的な問題であれば、対処の方法は皆目見当もつかないが、原因が別のところにあるのであれば、解決できるかもしれない。
「あのー。よければ、ギターの弦を見せてもらえませんか? もしかしたら、単純に強度が不足しているだけなんじゃ?」
そうであるなら、専門分野だ。
「ハッ!? そういうことか!? すまない。ぜひとも見てほしい!」
ジェイは、慌てて弦を取り出した。
「お? やっぱり、そうか」
差し出された弦を受け取った直後、視界の中にレシピを覚えたことを伝えるアナウンスが表示された。
「ふんふん……。これなら、すぐ作れるな」
レシピを覚えずとも、ワイヤーロープを工夫すればどうにかなるんじゃないかと思っていただけに楽勝だ。
「本当かい?」
「はい。素材もそろってますので、すぐに作ってきますよ」
ハルマの返答に、ロックスターは歓喜に満ちた表情を作るのだった。
「ありがとう! 本当にありがとう!」
転移オーブを使っての移動も挟んだため、往復で1時間とかからず戻っていた。
できたばかりの弦を受け取ると、ロックスターのジェイは何度も礼を述べ、さっそく張替え作業に移ってしまった。
「すごいギターだな」
取り出されたギターは、思っていたものとはだいぶ違った。形状そのものは、エレキギターそのものなのだが、材質が全く異なったのである。
「見事なロックギターじゃろ?」
バボンは、ハルマの口にした「すごい」を、別の意味に捉えたようである。
「あ、ああ……なるほど。ロックギター、ね」
そう、ジェイの愛用するロックギターは、岩で出来ていたのだ。こんなギターで、演奏できるのかと不安に思ったが、杞憂であった。
あっという間に張り替えられた新品の弦を確かめるようにかき鳴らされた音楽は、ズキュンとハルマの胸を撃ち抜いたからだ。
もちろん、目の前で実際に演奏されている音ではないことくらいわかっている。それでも、臨場感に気圧されてしまった。
しかし、調整を済ませてからが、本番であった。
人間技とは思えない動きで、むろん、人間ではないのだから当たり前なのだが、聞き覚えのある、しかし、初めて聞くロック調の曲を演奏し切って見せたのだ。
「ああ……。ようやく、最後まで演奏することができた。ありがとう。本当にありがとう」
ジェイも、感無量の声で告げてくる。
「いや。こちらこそ、素晴らしい演奏でした」
「そういってもらえると、ギタリスト冥利につきるよ。そうだ。お礼をしないとね」
ここで、ようやくクエストだったことを思い出した。
『クエスト/救え、スランプをクリアしました』
『クリア報酬として、戦闘中の音楽をロック調に変更することが可能になりました』
『変更は、メニューの設定で可能になります』
『クリア報酬として、スキル〈ロックギター〉を取得しました』
『〈ロックギター〉専用レシピを覚えました』
『DEXが常時30増える』
「ちょっと待て」
予想外のクリア報酬に、思わず声を出してしまった。
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