Ver.6/第18話

 ポトリとSE音が耳に届いた。

「ピンク?」

 1等から3等は、金銀銅の金属製のボールであると聞いたことがあるので、当たりと呼ばれる部類のものではないことは理解した。

 しかし、これが何等なのかは、パッとは判断できなかった。

「ああ、4等なのね」

 遅れて視界に表示されたアナウンスで、ようやく理解する。

 ところが、今度は4等の景品が何だったのか、すぐには思い出せない。

「ああ、クエスト発注書か」

 今度も、遅れて視界に表示されたアナウンスに助けられる。

 クエスト発注書。

 これは、引いたプレイヤーが受注できるクエストの中から、クリア率の低いものを中心にランダムで紹介されるものだ。

 10段階の景品の中で、上から4番目のものながら、プレイヤーからはハズレ扱いされているものでもある。

「いや。うん。4等って……。こりゃ、また微妙な」

 装備の効果によるものなのかも微妙なラインである上に、よりによって4等であったことに、ハルマの顔も困惑気味だ。

 というのも、何故に4等がハズレ扱いなのかというと、クリア率が低いということはつまり、難易度が高いということを意味するからなのだ。中には、単純に見つけるのが困難というものもあるが、そういうものは、たいてい事前に複雑なフラグを立てておかなければならず、他のプレイヤーに情報共有しても、役に立たないことがほとんどだ。

 一応、早い内にクエストの内容を知っておくことで、将来的にクリアを目指せるので、完全に無駄ということもないのだが、正直、プレイヤーからは不評であった。

「一応、受けてみるかな……」

 どんなクエストなのかは、受注の段階ではわからない。しかも、クエスト発注書を使用すれば、すぐにクエストを受けられるわけでもないのが、不評の一因になっている。あくまでも、クエストの受注は、本来クエストが発生する場所まで向かわなければならないのだ。

「えーと? クエストは〈救え、スランプ〉か。受注は、土の大陸っと。今日はもう遅いから、明日にするか……」


 翌日、レベル上げに向かう前に、クエストを受注しに行こうと家を出たところで、新たに村の住人に加わった2人組に遭遇した。

「あ、こんにちは」

「こんにちわ!」

 ハルマに続いて、いつもの通りマリーも声を上げる。

 声をかけられた方は、仲睦まじくスタンプの村を散歩していたのか、急ぐ様子もなく穏やかな笑みを浮かべながらハルマに近寄ってきた。

「こんにちは、ハルマ君、マリーちゃん。それと、お仲間の皆さんも」

「村長、お嬢ちゃん、こんにちは」

 先日〈ドアーズ〉で知り合った高齢プレイヤーのヤチとアグラの夫婦である。

 共闘したことがキッカケになっただけでなく、元々この村に拠点を構えていたニャル、チイ、コイモの主婦3人組に頼まれ、丁度村の拡張ができるタイミングだったこともあり、迎え入れることになったのだ。

 ヤチは物腰柔らかな雰囲気を持ったお婆ちゃんだが、戦闘スタイルは異質だ。ゴリゴリの武闘派であるのに、その動きはしなやかで、繊細さと優雅さを併せ持つ。どうやら、リアルで60年以上も武術の鍛錬を積んでいることが活かされ、システムのサポートを上回る動きを実現させているらしい。ただ、それだけの理由で被ダメージゼロを実現できるのか、眉唾な部分ではある。

 アグラも、見た目はでっぷりとした巨漢ながら、動きは練達という言葉がよく似合うものである。ただの肥満体型なのかと思いきや、こちらも柔道を長年続け、現役の整体師なのだそうだ。柔道だけでなく、様々な武術を妻のヤチから教わっていることもあり、棒術の基礎などを会得しているらしい。

「お散歩ですか? おふたりは、クラスの熟練度を上げに行かないんですか?」

「んー? ワシらは、まだ追加しとらんよ。一応、ギルドを覗きに行ってみたんじゃが、ああいう人込みは苦手でな」

「なるほど……」

 アグラの答えに、素直に頷く。

 アバターの体なので、人込みに壁を作られ、行く手を遮られるということは起こらないのだが、アバターの体同士が重なり合うのが気持ち悪いという感覚も理解できた。この感覚は、身長が低いプレイヤーほど強いと言われている。

 ちなみに、クラス追加を依頼するNPCは各ギルドに3人しか配置されていないため、落ち着くまでは混雑は避けられない。

 3人しかいないNPCにプレイヤーが押しかけて、ちゃんと対応できるのかと思うかもしれないが、こういうNPCとのやりとりは、基本的に音声によるものではなく、テキストによるものなので、問題ないのだ。

 むしろ、黒山の人だかりができているというのに、異常なまでに静かと感じるほどである。

「それより、村長。丁度良かった。ちょっと頼みたいことがあったんじゃ」

「はい、何でしょう?」

「ほれ、あそこに万年桜があるじゃろ? あれ、ワシらの家からは見えなくてな。ちぃーっとばかし、景観が寂しいんよ」

 アグラが指さす場所には、以前、イベントで入手したレアアイテム〈不思議なサクランボ〉から育った万年桜の木が花を咲かせている。

「あれですか……」

 要望には応えたいが、あれ以来〈不思議なサクランボ〉を入手できる機会はなかった。噂では、福引きの2等に、1回限りではあるが交換可能なアイテムとしてリストに載っているらしいのだが、狙って当てられるものではない。そもそも、すでに入手したことがあるプレイヤーは、最初から交換不可なのだそうだ。

「難しいようなら、構わないのよ?」

「ああ、いえ。同じ物はちょっと難しいと思いますけど、何かないか探してみます。俺も、もっと華やかな雰囲気にしたいと思っていたので」

 これは本心だ。前々から、植物のタネを探してはいるのだが、化石から見つかるのは、素材になるものばかりで、観葉植物の類は見つかっていなかった。

「ワシらも先に〈不思議なサクランボ〉を育てることができると知っておれば、残しておいたんじゃがなあ」

 そもそも食べると、HPかMPにのみ振り直し自由なステータスポイントを3得るという効果を持つレアアイテムである。食べずに植えるという選択ができる者は、そういるものではない。

「まあ、あれは、俺みたいな変な育て方でもしてない限り、食べた方が重宝するものですからね」

「だっはっは、違いない。それじゃ、頼んだぞい。あー、そうそう。急ぐわけじゃないから、見つかった時で良いからな」

「はい。了解です」

「それじゃあ、またね」

 ニコニコした表情のまま、ふたりは散歩の続きに向かっていった。その後姿は、何だかとてもホクホクした気持ちにさせてくれるものだった。

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