Ver.4/第56話
3分間の作戦タイムが過ぎようとする中、ハルマは正面の面倒臭い集団をぼんやりと眺めていた。
フレンドがバカにされていたのを耳にしてしまったため、カッと頭に血がのぼってしまい、思わず挑発してしまったのだが、そんなことは、もうどうでも良くなっていた。
先ほど、その実力差をまざまざと見せつけることに成功したからである。
―― やっぱり、あの人達はスゴイ ――
それを実感できただけでも満足だった。
これは、自分の我がままに相手を付き合わせた結果である。基本的に、批判や批評は、それが的外れなものであったとしても活発になされるべきだと思っている。その根底にあるのが、改善への期待だからだ。
しかし、彼らの言動は違う。
ただの誹謗中傷である。
誹謗中傷であることを、自分が一番知っていると思ったからこそ、見過ごせなかった。これは、やはり自分の我がままな気がした。
で、あるならば、相手の我がままにも少しくらいは付き合ってもいいかな、という程度でここにいる。
配信設定はオフにしているので、負けたとしてもみっともない姿がさらされることもないだろうという気楽さもあった。
この辺は、ゲームを始めた頃から変わらず、積極的に負けるつもりはないが、無敗であり続けることに拘りはないからこその感覚だ。
チョコット辺りは、あいつらにハルマさんの無敗を止められるなんて許せませんとか言ってくれていたが、そもそも、今まで無敗であったことが異常なことくらい自覚している。
第一、闘技場での敗戦は、敗戦としてカウントされないため、自分の戦歴に反映されることもない。
「まあ、簡単に負けてやるつもりもないけどね」
戦闘開始のSEが鳴り響くと同時に両軍動き出す。
「「「「うおおおーっ!!」」」」
40人もの大軍勢が一気に殺気立ったものの、バラバラに動く気配はなく、これだけの人数差があるにもかかわらず、一応の警戒はしている様子で、慎重に足並みをそろえている。
ハルマは、一番壁際の、戦闘エリアギリギリの位置に陣取っているため、すぐに攻撃されることはない。先ほどの戦闘で、そこまでのAGIを有するプレイヤーがいないことは確認済だ。ハルマの低いAGIでも、3~4ターンは好きに使えるはずである。
「まずは、っと」
つい最近手に入れたばかりのスキルを発動させる。
「〈パラレルコンタクト〉」
消費アイテムを範囲で複数使えるスキルを利用し、トラップを設置する。これには、〈離れ技〉の効果も適用される。
対象を指定しないため、設置場所はランダムになってしまうが、トラップの効果範囲は広いため、フルレイド用の広い戦闘エリアでも、ほぼ全域をカバーできるだろう。
トラップは、即座に設置が完了し、動き出していた三皇軍によって次から次に発動していく。
「なんだ!?」
「トラップだ! 気を付けろ!」
「何をされたんだ!?」
「MPがなくなってないか、確認するんだ!」
ちょっとした混乱が起こり、三皇軍が浮足立つ。それでも、ハルマが、第1回の〈魔王イベント〉で、MPドレインによってスキルと魔法を無効化したことを知る者が即座に反応してみせた。
……が。
「HPもMPも減ってないぞ?」
「待った! バフがかけられてる?」
どういうわけか、自分達にバフがかけられることに気づき、混乱はますます大きくなっていた。そう。デバフではなく、バフなのだ。
そうかと思ったら、ハルマの次なるトラップが発動していた。
「ぐわっ! 動けねえ!」
「何だ、こりゃ!? びくともしねえ」
魔法陣トラップに気を取られているうちに、バインドトラップが仕掛けられていたのである。
バインドトラップは、拘束系のトラップである。
以前からベアートラップを使えたのだが、こちらは単体を拘束してダメージを与えるのに対し、バインドトラップはダメージがない代わりに範囲内の全ての敵を拘束できる。
拘束時間は使用したロープの強度や相手のSTRによって変化するのだが、ハルマの用意したワイヤーから抜け出すのは、短くとも1分半は必要だった。
その間に、ハルマは〈覆面〉を使って妖狐へと姿を変えていた。これにより、ハルマのINTは、1300を超える数値へと跳ね上がる。
「さて、初めて使うけど、どんなもんだろうな?」
先日、マカリナが魔王スキル〈無慈悲〉を使っているのを見て、保留していた魔王のエンブレムの使い先を決めていた。
というか、実は、保留していたことを思い出した。という方が正確である。
そうして、今回のような場面を想定して、取得したばかりのスキルがあった。
「じゃ、いただきます。〈強奪〉」
魔王スキル〈強奪〉は、相手のバフもデバフもひっくるめて奪い取るスキルである。これは、バフやデバフの効果を奪うというよりも、バフやデバフで変化したステータスを奪うと言った方が正確であろう。
マカリナの〈無慈悲〉よりも強力に感じるが、リキャストタイムが大きく違い、〈無慈悲〉ほど頻繁には使えない。しかも、相手にエンチャント系の魔法は使用できないため、使うタイミングが難しいのだ。
ところが、ここで閃いた。
トラップの魔法陣にエンチャントを埋め込めばいいのではないか? と。
加えて、〈パラレルコンタクト〉の効果で、トラップの効果範囲は広がった。
このことに気づいたことで、〈強奪〉を取得する価値が跳ね上がったのだ。
モガモガと身動きできない三皇軍から、バフをかけておいたステータスを奪い取る。ハルマが妖狐になっているということは、エンチャントはINTである。
そして、40人40体から上昇した分のステータスがハルマに上乗せされる。
「ふへへ……」
ハルマは不敵な笑みを浮かべると、装備を変更する。
手にしたのは、マーク。
テイムモンスターは禁止されているが、今回、マークは装備として取り出したため、問題ない。
右手に魔導書マーク、左手にはテキトーに用意したINT特化の魔法書。
これだけの下準備によって、ハルマのINTは爆発的に上昇していた。
使う魔法は、ひとつ。
マークに封じられていた召喚魔法〈勝者の記憶〉である。
「お?」
表示された選択肢の一番上に、思わぬモンスター名が表示されていた。
それを目にした途端、思わず悪魔的な笑みが浮かんでしまっていた。
「サモン〈エンシェントヒュドラ〉」
〈強奪〉によって奪える数値は、それほど多くはない。INT特化の魔法職でもない限り、せいぜい数十といったところである。しかし、それが40人40体もの数からとなると数千となる。
そのため、本来は、魔法職を極めた最高レベルの魔法職でも容易には到達できないはずの、最上位のフルレイドボスを召喚できる数値に達していたのだ。
「「「「「「「「は?」」」」」」」」
闘技場の中に巨大な魔法陣が浮かび上がり、そこに呼び出されたエンシェントヒュドラを目にした途端、何が起こっているのか把握できている者はいなかった。
それは、ハルマと対峙している三皇軍だけに留まらず、闘技場の観客席で観戦していた者も含めてである。
遠くでモカの爆笑する声だけが響いているが、それは、稀な反応だ。
その後、どうなったか?
エンシェントヒュドラは、魔界に向かった全員で死力を尽くして互角だった相手である。先ほど、そのリーダーだけを相手にしても手も足も出なかったのだ。
しかも、〈覆面〉を解除したハルマが使った〈贋作〉によって、劣化版とはいえ、もう1体出現している。
ハルマのトラップを掻い潜りながら、エンシェントヒュドラの猛攻に耐えられるはずもなく、圧倒的多数の予想を覆し、ハルマの完勝で終わることになっただけである。
それは、もう、大魔王による、ただの蹂躙であった。
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