Ver.4/第38話

「あれ? 白石さん?」

 見覚えのある人物だと思っていたが、最初に気づいたのはテスタプラスだった。

 ハルマも、言われてようやく思い出す。

 Greenhorn-onlineのチーフプランナーであり、魔界に入る前の説明に出向いてくれたのが白石だった。

 どうしたのかと思っていると、白石はどこか困ったように口を開いた。

「どうして、勝っちゃうんですか……」

「え?」

「どうして、勝っちゃうんですかあぁぁぁ!?」

 ズカズカズカとハルマの元に歩み寄ってくると、泣きそうになりながら声を荒げていた。

「え? えええ!?」

 勝つことを目標にするのが、このゲームなのだから、困惑するのが当然である。

 どうしたものかとオロオロしていたが、白石もすぐに我に返ったように落ち着きを取り戻していた。

「すみません。取り乱しました。でも、もう、お気づきかもしれませんが、本来、エンシェントヒュドラには勝てない仕様になっていたはずなんですよお……」

 奇しくも、エンシェントヒュドラが自爆する直前、コヤが叫んだ「勝たせる気ないじゃん!」というのが、正解だったのである。

「じゃあ、僕達の苦労は……」

「いえ。もちろん、絶対に勝てない、というものではなくて、対策に対策を重ねて、何カ月もかければあるいは……、という調整をしたはずなのですが……。なので、皆さんが、魔界にいる間には、突破できないだろうということで、この戦闘で浪費したアイテムも、後日、ゴールドと一緒に返還することになっております。

 ただ、最初に説明した時にもお伝えしていましたが、いかんせん、この魔界は突貫作業で仮オープンさせた場所でしたので、申し上げにくいのですが、この先を用意できていないんですよ。そのため、皆さんが、存分に楽しんでいただけるように、フルレイドのボスだけでも用意して、攻略に時間をかけてもらう予定だったんです」

「ってことは、うちらに魔界でもっと遊んでもらえるように、って配慮だったのね?」

 白石の説明に、年長組のモカが納得したように頷く。

「なるほど。あれを倒しても先がないんじゃ、魔界編クリアみたいな感覚になって、そこで終わりってなっちゃうか」

 最初こそ、納得いかない雰囲気があったが、次第に態度は軟化していった。

 その最大の理由が、次の白石の言葉にあった。

「本当にすみません。ハルマさんが〈鋼鉄化〉を使えることはわかっていましたので、それでも勝てない設定にしていたのですが、まさか、魔界にいる間に新しいNPCを仲間にするとは考えていなかったんです……」

 これに、全員のジト目がハルマに向けられた。

「あ……。あはははははは……」

 むろん、その視線から逃れるように、ハルマは宙に向かって乾いた笑いを響かせることになるのだった。


 こうして、魔界最強のボスは倒された。

 白石の説明の通り、ここから先は何もなく。だだっ広い魔界の土地が広がるばかりであった。

 そのため、魔界が封鎖されるまでの数日は、今までの拠点の強化の検証であったり、襲撃の頻度や規模のローテーションであったりを調べることに時間は費やされた。

「楽しかったです」

 最後の時が迫る中、1か月もの間、同じ目標に向かって遊んだ面々と言葉を交わしながら振り返っていた。

 本格的に魔界での冒険が始まるまでは、まだしばらく時間がかかる。そして、本来の魔界の姿がどのようなものになるのかは、想像するしかない。

 それが、また、楽しいことでもあった。

 ただ、これでお別れとなるわけではない。

 何しろ、全員とフレンド登録しているのだ。これから先、いくらでも一緒に冒険することがあるだろう。しかも、テスタプラス、ネマキ、マカリナのパーティは、全員スタンプの村に拠点を構えるのである。

 終わりと始まりが同時にきた感覚があった。

「それじゃ、また」

 魔界が閉じる時、自然とそんな言葉が口からこぼれたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る