Ver.4/第36話

 首をひとつ潰しても、なかなか作戦を実行できない時間が続いた。

 戦況は一進一退だが、猛烈な攻撃に回復職の疲弊も目立ってきた。

 そのため、ハルマは、一時的にアイテムによる回復に加わることになった。というか、蘇生とMP回復に走り回れる余裕があるのがハルマしかいなかったのである。

 ジリ貧かと思われた戦いだったが、徐々に好転し始めたのは、マカリナのおかげだった。

「さすが、時間が経てば経つほど頼もしくなる」

 彼女のスキル〈DCG〉によって召喚されるモンスターが、だんだん高ランクのもので埋め尽くされてきたことで、エンシェントヒュドラの攻撃に耐えられる時間帯が増えてきたのだ。

 そんな頃だった。

「ネマキさん、ハルマ君、準備して!」

 久しぶりにテスタプラスの鋭い指示が飛んだ。

 直後のことである。

 まるで、彼には未来が見えているかのようにエンシェントヒュドラの首がひとつ潰され、消失したではないか。

「赤い頭がファイアーブレス使った直後、18秒だけ時間が空きます! そこを何とか狙ってください!」

 突然の出番に、ネマキも少し油断していたのか、動き出しは遅れたが、テスタプラスの言葉を疑うことはなかった。

 ハルマも、インベントリから火吹き芸用のアイテムを取り出し、〈ファイアーブレス〉を使えるようにしておく。

 待つこと数瞬、その時はきた。

 言われた通り、エンシェントヒュドラの行動がパタリと止んだのを確認する前に走り出していたふたりは、おのおの射程に入るのと同時に攻撃を展開する。

 ネマキの渾身の火炎魔法に合わせ、ハルマも〈ファイアーブレス〉を吹き出す。

 首の消えた傷口が炎で炙られ、明らかに再生が抑制されたことが見て取れた。

「成功!」

 再びエンシェントヒュドラの行動が再開される前に、後退しながら歓喜の声を上げていた。

「よーし! この調子でいきましょう。後、1つ2つ首を落とせれば、一気に詰められるはずです!」

 先の見えない戦いから、一気に勝利への道筋が開けたことで、士気は急激に高まった。

 ところが、ここからも大変だった。

 どうやら、首をひとつ封じられたことで攻撃パターンに変化が生じるタイプだったらしく、減った首の分まで他の頭が張り切り出してしまったのだ。

 そのため、テスタプラスの指揮にもズレが生じてしまい、作戦を再構築する間はヒヤリとさせられる時間もあったほどである。

 幸い、エンシェントヒュドラ自体は移動しないため、安全地帯へと退避することで一時的にはしのぐこともできたのだが、それも長く続くと戦闘エリア全体を範囲とする強力な攻撃のフラグとなってしまう。

 適度に攻めて、適度に逃げるということを繰り返しながら、2つ目の首を落とせたのは、戦闘開始から1時間以上が経過した後だった。


「さて。問題は、ここからなんだよな」

 想定はしていた。

 1時間半が過ぎようかという頃、6つあった頭も、残りひとつにまで減らすことに成功していたのだが、そこで戦闘開始前からあった懸念が現実のものとなってしまっていた。

 ギリシャ神話のヒュドラが、ヘラクレスに退治された際、全ての首を落とし、傷口を焼き焦がしたわけではない。

 最後に残ったひとつだけは不死の頭であったため、この方法ではダメだったのだ。結果、首を切り落とし、巨石で押し潰すことで勝利することになるのだが、退治したというよりは、封印したという方が正確なのであろう。

 しかし、ここではそうもいかない。

 戦闘に勝利するには、封じるではなく、倒さなければならないのだ。

「頼むよお? 不死身とか、やめてくれよ?」

 すでに、集中力を維持することも困難なほど疲弊している。それは、ハルマだけではない。

 特に、最初から全体をコントロールし続けているテスタプラスの負担は大きかった。そのことを理解しているのはハルマだけでなく、最後のひと踏ん張りとばかりに、全員が懸命に戦い続ける。

 ただ、ハルマだけは、相も変わらず、貧弱なステータスのせいで、邪魔にならないように味方の減ったMPを回復して回るという地味なサポート役に専念することになっていた。

 そんな時だった。

 最後の仕上げであることを信じ、〈デュラハン〉となったモカによって、〈疾走神風〉の大技が決まったのと同時に、エンシェントヒュドラは咆哮を上げていた。

「やったか!?」

 誰かが、言ってはいけない台詞を口にしていた。

「それは、やれてないフラグ!」

 刹那。エンシェントヒュドラの体が光に包まれた。

 その場の全員の視線が、光に包まれる巨体に向けられている時、ハルマだけは、別の物に視線を奪われていた。

「マーク?」

 新戦力の飛び出す絵本、マークもまた、光に包まれていたのだ。

 先に変化が起こったのは、マークの方だった。

 最終ページから飛び出してきたのは、明らかに今まで出てきたキャラとは一線を画していた。

 出現率0.08%のレアキャラ。

 それが、長時間の戦闘による確率変動によって8%にまで上がったとはいっても、やはり、そう簡単に出てくるはずのない人物。

 伝説の勇者の登場だった。

 しかし、その姿をマジマジと観察するよりも前に、テスタプラスの怒号が飛んでいた。

「まずい! あれ、爆発の兆候です!」

 勘、と言ってしまえば簡単だが、これもテスタプラスが持つ膨大なデータベースから導き出された答えであった。

「「「「「え!?」」」」」

 自爆するモンスターは、数は少ないが存在する。そして、自爆攻撃は、どんなに低ランクのモンスターであったとしても、大ダメージとなる。しかも、厄介なことに、自爆のダメージは無属性の攻撃に分類されるため、物理攻撃でも魔法攻撃でも、ブレスなどの属性攻撃でもないため、基本的に軽減できないのだ。

 それを、フルレイドボスがやろうというのだから堪ったものではない。

「ちょっ!? 勝たせる気ないじゃん!」

 コヤが憤慨の声を上げるも、どうにもできない。おそらく、戦闘エリア全体を巻き込んだものになるだろう。逃げ場もない。

 誰もが、終わった、と思った直後、エンシェントヒュドラは膨大なエネルギーを消費して弾け飛んでいた。

 

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