Ver.4/プロローグ
勝敗が決した直後、コロシアムを埋め尽くす観客が、勝利を祝うエフェクトやファンファーレに合わせて歓声を上げる中、初代大魔王になったばかりのハルマが、自身で作り出した見えない足場の上から飛び降りる。
正確には、ハルマであるのだろう狼の頭をした人物だ。
いつの間にか、ハルマを支えるNPCの仲間達も消え、大きな舞台の上にひとりだけが取り残されているため、観客の多くも、ようやく確信を持てるようになっていた。
数は多かったとはいえ、一体、どうやったら、ブーメランの初期スキルで8人8体のフルメンバーのパーティを一網打尽にできるのか、唖然としていた者も、ハルマの挙動に視線が向かっていた。
その時だった。
舞台上の人狼は、何か操作を済ませると、その姿を変えたのである。
当然、現れるのは、魔術師のローブをまとい、フードの中の顔はスカルヘルムで覆われ、頭からは山羊を思わせる歪な形状のツノを生やした、いつものスタイルの不落魔王であると思っていた。
しかし、そこに立っていたのは、何の変哲もない男性キャラだった。身にまとっているものは、ふんだんに細工の施された装備品であるが、特別レアなものではない。むしろ、中級から下級の装備品ばかりである。おそらく、スイッチング機能を使った、普段着なのであろう。
「顔、出したぞ?」
「ハルマ、なんだよな?」
「すまん。今の今まで、フィクションのキャラだと思ってたわ」
ぞわぞわぞわと何かが這うように、囁きがコロシアムを駆け巡り、やがて大歓声へと変わっていった。
そんな中、ある一角だけは、違う反応を見せていた。
「うわぁ……。ハルマのやつ、狙ってやってないよな?」
「たぶん、ハルマ君、気づいてないと思うよ?」
「ハル君、立ち直れるかしら?」
それまでの戦いぶりには、笑って声援を送れていたが、優勝した親友に対して、口元をひくつかせながら、苦笑いすることになるとは考えてもいなかったチップ達である。
「チップぅぅぅぅ! 顔を変える方法、何かないか!?」
イベントが終わり、スタンプの村に戻った直後、すがり付くように尋ねられても、チップとしては正直に答えるしかない。
「いやー。今のところ、課金アイテムで耳とかヒゲみたいな、パーツをちょっと弄るくらいしか方法はないな……。良い機会だったと思って、諦めろ」
「そうそう。誰のせいにもできないからね」
ハルマから視線を外しながら、どことなく笑いを堪えるチップとユキチ。
「まったく、大魔王の威厳もへったくれもないわね」
「まあまあ……。ハルマ君達が魔界に行ってる間に、少しは落ち着くだろうから……。楽しんできなよ」
アヤネに呆れられ、シュンになぐさめられ、それでもガックリと肩を落としたままのハルマだったが、少しずつ落ち着きを取り戻す。
そこに、他の住人達も集まってきた。
「ハルマ君、おめでとー!」
「おめでとうございます!」
「ハルちゃん、やったわねー」
「ハル君、やらかしちゃったねえ」
「ハル坊、やるじゃないか」
チップ達とは違い、顔バレしてしまったことに対する深刻さがないぶん、にぎやかな雰囲気に包まれることになった。
そうやって、純粋に祝福されていると、「まあ、いいか」と、肩を落としながらも思えてくる。何より、大魔王になってしまったのだ。
チラリと、胸に取り付けられたままの〈大魔王のエンブレム〉に視線を向ける。
自業自得のせいで、ポンと頭から弾き飛ばされていたが、じわじわと込み上げてくるものがあり、自然と胸を張っていた。
しかも……。
新しい世界。新しい冒険が待っている。
気づけば、ニヤリと笑みを浮かべていたのだった。
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