Ver.2/第6話

「うひゃぁ!?」

 壁が消え、余韻に浸る間もなく奥の空間から何かが飛んできた。

 不意打ちの一撃はしかし、〈心眼〉のパッシブスキルによってガードされる。

「あ……、あぶねえ。最後の最後に、なんちゅーもん仕込んでるんだ」

 ドキドキしながら身構えていると、薄暗かった空間に光が差し込み、視界が良好になっていく。部屋の中は立派な造りなのだろうが、氷が分厚く張り、澄んだ空気が満ちている。

 そうして部屋中に光が行き届いたかと思ったら、中央に巨大なナニカが鎮座していることがわかった。

「ほお。衰えたとはいえ、我の一撃をものともせぬか。さすがはこの封印を解くだけのことはある」

 生身の体であったなら、腹の底に響いているだろう重低音の声が発せられた。

「思ってたのと、違うのが出てきたー」

 あんぐりと口を開けるハルマの正面にいたのは、鎖につながれた巨大なドラゴンだった。しかし、その肉体はほとんど石化してしまい、あちこち崩れ落ちてしまっている。

「すごーい。おっきなドラゴンだねー」

 マリーもおっかなびっくりの様子である。

「立派なドラゴンですが、これでは食べられそうにありませんねえ」

 どうやら、ズキン達カラス天狗にとって、ドラゴンは食べるものという認識のようだ。

「ユララ、このドラゴンは一体?」

 この大陸の森の守り神であるユララであれば、何か知っているかもしれないと思い、尋ねる。

「すみません。ユララもこのように立派なドラゴンの話は聞いたことがありません。この遺跡のことも知らないので、ユララが森の守り神になる前のことではないでしょうか?」

「我はヤタジャオース。太古の時代、水の神と大陸の覇権を競った惨めな敗者よ」

「!? その名前なら聞いたことがあります! この大陸に混沌をもたらした邪竜の伝承は、本当だったのですね!?」

 

 伝承は、わずかながら残っていた。

 ユララの話では、この大陸を氷で閉ざそうとした邪竜ヤタジャオースと、水の神ダーオーンの戦いは100年に及び、ダーオーンだけでは劣勢だったところ、春の女神と知恵の神の助力があって、何とか討伐に成功したのだそうだ。

 以来、邪竜は知恵の神の手によって封印されたとされている。


「そーれーが、ここ?」

 封印を解いてはいけない系の場所なのではなかろうか? と、びくびくしていたが、当の邪竜は大人しいものだった。

「ふはははは! 小僧、心配するでない。我も今ではこの姿。もう少し体が小さければ、まだ動かせたのだろうが、永き封印のせいで霊力も衰えてしまっておる。先ほどの一撃を防がれてしまっては、後は朽ち果てるだけよ」

「ええぇ……。それはそれで、なんだかもったいないな」

 せっかく苦労して封印を解いたのに、死にゆくドラゴンを見送るだけというのも味気ない。かといって、完全復活させるわけにもいかないだろう。

「なに、我ほどになれば、肉体が朽ち果てようとも魂は残る。体がないと力は出せぬ故、おぬしの体を借りることになるだろうが、助力くらいはしてやるぞ? 知恵の神との約束ある故な」

「えー? 俺、もうマリーに憑りつかれてるからなあ……」

 ドラゴンの力を借りられるのは強力かもしれないが、どういうことになるのかわからないため躊躇ってしまう。超強力だが、バーサク状態みたいに操作不能になるようであればデメリットも大きくなる。

「ん!? なあ? 俺の体じゃなくて、代わりになる体に引っ越すってのはどうだ? 体が小さくなれば、動けるんだろ?」

「ふむ。それなりの体であれば、我の霊力でどうにかなるだろうが……。あるのか?」

「いや。今は手元にないから取りに戻らないといけないけど、待っててくれる?」

 こういうイベントは、一度ダンジョンを出てしまうと無効になる場合もある。

「良かろう。この封印を解いたものを助けるのは、知恵の神との約束。それに、もう動くこともできぬ」

「良し。じゃあ、待っててくれ」

 ヤタジャオースに片手を上げて別れを告げると、ハルマは一度引き返すことにした。


「それに入れというのか? 小さければ動けるとは言ったが、小さすぎぬか?」

 しばらくして戻ったハルマの取り出した物を見て、ヤタジャオースは少し困ったような声になった。

「贅沢言うなよ。小さくても、ちゃんとドラゴンなんだぞ?」

 巨大なドラゴンの前に置かれた小さなドラゴンは、以前、スキル〈折り紙〉を取得した時に作ったものだ。

 丁寧に〈細工〉で仕上げ、家に飾ってあったものを持ってきたのである。

「ふはははは! 良かろう。か弱き体であっても、我が入ればいっぱしのドラゴンになるだろう」

 そう言うと、ヤタジャオースは光に包まれ、巨大な身体から小さな――とは言っても60~70㎝はある――折り紙へと結ばれる。

 魂と思われる光の塊が結ばれた線を伝って移動すると、石化していたドラゴンの体は完全に崩れ落ち、折り紙のドラゴンは姿を変えた。

「ほお。悪くない」

 ヤタジャオースは新しい体を馴染ませるように翼を数度羽ばたかせ宙に浮かぶと、氷のブレスを吐き出した。

「い!?」

 軽く吐き出したブレスが、あまりに強力だったため目を白黒させてしまうが、そんな中、テキストが表示された。


『クエスト/封印されし邪竜をクリアしました』

『クリア報酬として、ヤタジャオースとの盟約が結ばれました』

『詳細はなかまメニューから確認できますが、テイムモンスターと同じ扱いになります』

『ヤタジャオースは肉体を自由に入れ替えることができます。より上質な体に移ることで強化されていきます』


「はあ。何だか思ってたのと違う結末だけど、今さら1匹2匹増えたところで大して変わらないか……」

 当然、ハルマ以外のプレイヤーにとっては大問題であることなど、知ったこっちゃない。

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