第54話

 ズキンのおかげで、始まりの町エリアに隣接する関所はすべて解放できていたこともあり、移動はスムーズだった。ただ、解放したエリアの探索は全くやれていなかったので、ブリエスヴェトで登録できる転移場所までは進めておらず、ライトライムから徒歩となった。

 それでも、目的地がはっきりしていたこともあり、探していたものはすぐに見つけることが出来た。

「うん。陽炎だ」

 地表にゆらめく水蒸気の塊みたいなモヤ。こちらが近寄ると、そのぶん遠ざかっていく。

「旦那様? あそこに〈陽炎の白糸〉が?」

 カラス天狗の姿では目立ちすぎるので、カラスの姿で肩に乗っているズキンが訊いてくる。トワネに乗って移動するにも目立つので、トワネには家で留守番をしてもらっていた。

「わからん。……が、他に手がかりもないから、調べてみるしかないんだけどな」

「でも、近寄れないよ?」

 マリーも何をしたいのかは理解しているらしく、成果が上がっていないことを指摘してきた。

 陽炎にたどり着けないことは百も承知なのだ。それでも、ゲームの中であれば、もしかして、という思いも捨てきれない。何より、マリーのためだと思うと簡単には諦められなかったのだ。

 陽炎に向かって進んで行っては立ち止まり、進んで行っては立ち止まると繰り返す。そうやって進んで行くと、とある地点まで到達したところで陽炎が消えてしまった。

「消えちゃったね」

 マリーもどことなくガッカリしている雰囲気があった。もしかしたら、これが上手くいったら、新しい服が着れると期待しているのかもしれない。

 そんなことを考えてしまうと、なおさら諦められなくなる。

「旦那様、後ろに」

 ズキンの声に振り返ると、陽炎を再び見つけることができた。

 実りのない時間。

 そんなことも考えながら、観察と行動を繰り返しているうちに、ひとつの違和感に気づいていた。

 それは、何十回目かの陽炎消失の瞬間だった。

「ん?」

 同じ場面を何度も見てきたせいか、陽炎が消える瞬間、パッと消えるのではなく、何かが天に昇っていくように消えていることに気づいたのだ。

 そう思って見てみると、追いかけている陽炎は、自然現象というよりは生き物めいて思えてきた。

「何かが飛び立って、元いた場所に降り立ってる?」

 追いかけ、消えた瞬間に素早く振り返ると、天から落ちた水滴が大地に広がるようにモヤが形成されることもわかったのである。

「旦那様の言う通り、虫か何かですかね?」

 答えを出してくれることはないのだろうが、NPCが一緒になって考察してくれるというのも奇妙な感覚だ。しかし、そういうものなんだと受け入れるしかない。それに、ソロプレーの味気なさもなければ、パーティプレーの他人に気を使う煩わしさもないというのは、案外、心地良かった。

「虫……か。確かにモンスターって感じじゃないもんな。手の届かない場所にいる虫を捕まえるってことなら、まだ方法は見つかりそうな気がする」

「なるほど。虫を捕まえるのなら、〈釣り竿〉ですね! 旦那様」

 どういう方法があるだろうかと真剣に考え始めた途端、肩の上から届けられた提言に、ハルマの思考は停止した。

 

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