第36話

「遅い!」

 転移してすぐ、アヤネに怒られる。

 しかし、その怒りも一瞬で静まった。

「か……」

 アヤネの視線が、ハルマの背後で固定されたかと思ったら、シュピーンと輝いた。

「カワイイィィィィィっ!!」

 突進して抱きしめる勢いだったが、スルーされる。

 というか、相手は〈いたずらゴースト〉である。抱きしめられるはずもなかった。むろん、ゴーストでなくとも触ることはできないので、騎乗できるというトワネは、今のところ極めて特殊なケースにあたる。

「いやーん。目の前にいるのに抱きしめられないの!? こんなにもどかしいなんて、罪な子ね」

 見ている側からしてみると、ロリっ子がロリっ子にハアハアしているだけに見えるのだが、口に出さないのが暗黙のルールである。

「はいはい、落ち着け。マリーもビビってるだろ」

 ハルマは実のところ、抱きしめることは難しいだろうが、許可さえあれば触れることくらいはできると思っているのだが、ドン引き中のマリーにそれを求めるのは酷だと思いやめておく。

「ああ、ごめんなさいね。お姉さんは悪い人じゃないのよ? 怖がらなくて大丈夫ですからねー」

「その台詞は、だいたい悪役が口にするやつだけどな」

 マリーからジリジリと距離をとるアヤネにチップが笑いながら告げると、殺人光線を放っていそうな視線がキッと向けられた。

 殺意に満ちた視線は、しかし、すぐに和らぎ、ハルマに向けられる。

「それにしても、ハル君。せっかくの逸材がもったいないじゃない。何でこんなみすぼらしい格好なのよ。もっと、カワイイ服着させてあげなさいよ」

「え!? あ。ごめん。ってか、着替えって、できるのか?」

 確かに、マリーの服装はみすぼらしい。シンプルなワンピースは純白ではなく、くすんだ白であったし、ごわごわした質感に思えた。しかし、そういうものだと思っていたので、着替えという発想に至らなかったのである。

「さあ? マリーちゃんなら知ってるんじゃないの?」

「どうなんだ?」

 アヤネの提案に従い、マリーに尋ねる。

「ん? どうだろう? マリーもわかんないや。でも、普通のお洋服だと無理なんじゃない? あたし、ユーレイだよ?」

 マリーは、うーんと、腕を組みながら考えると、あっけらかんと答える。こういうところがマリーの背景にある悲しい過去を感じさせなくしてくれる。

「えー。無理なのー」

 アヤネはマリーの言葉に、ぷくーっと頬を膨らませ不満を露わにした。

「いや、待て。普通の服だと無理っていうことは、普通じゃない服ならいけるってことなんじゃないのか?」

 アヤネの反応に対して、ハルマは俄然やる気になっていた。

 言われるまで、マリーの服装に無頓着だったことを反省したこともあったが、生産職プレイヤーとしての血が騒いだのだ。

「あ! なるほど! って、普通じゃない服って、何よ?」

「うーん。それはさっぱりわからん」

「ダメじゃん」

 こうして、ふたり、真剣な顔で考え込んでいたのだが、黙って成り行きを見守っていたシュンが割って入った。

「まあ、ここで考えてもわからないんじゃない? それより、ボクはここが何なのかの方が気になってるんだけど」

 マリーに興味がないわけではなかったが、アヤネほどの熱量はなく、むしろ、それを目にすることで冷静になっており、転移してからずっと周囲の様子を気にしていた。しかも、自分のマップを確認すると、情報が出ていないはずのないエリアなのである。

「ん? ああ! そっちの方がメインでみんなを招待したんだよ! この村、俺の村!」

 マリーに、というか、アヤネに引っかき回されて、すっかり忘れていたことを発表する。

 返ってきた反応は、見事に3人とも一致した。


「「「はあ⁉」」」




 


 



 


 

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