第31話

「やっぱり、転移できないの不便だな。早いところ村にしたい」

 拠点から転移アイテムを使って町に戻ると、〈調合〉以外の職人設備を全て購入してきた。取り急ぎ必要なものは〈木工〉と〈裁縫〉だけとも思ったが、ラフと蜘蛛のぬいぐるみの修理にどんな作業が必要になるのかまったくわからなかったからである。加えて、所持金に余裕があるうちに買いそろえておいた方がよかろうという判断もあった。

「ただいまー」

 道中、マリーとラフのサポートがない不便さを痛感しながら家に戻ると、蜘蛛のぬいぐるみが出迎えてくれた。

「おかえりなさい、ハルマ殿」

 調合設備の質素なテーブル以外、銅のランプが明かりを灯しているだけの室内で蜘蛛のぬいぐるみは窓の外を眺めていたようだ。


 ハルマは早速、裁縫設備を設置する。調合設備と並ぶと一気に室内が狭くなったが、今は配置にこだわっている場合ではない。

「さて。元の大きさに戻って台の上に来てくれるか? 直せるか、見てみるよ」

 蜘蛛のぬいぐるみが特大サイズに戻ると、狭かった室内は更に圧迫感が増した。大きな体を右に左に調整しながら、器用に裁縫設備の上にちぎれた部分を乗せてくるも、全身はさすがに無理だった。

 それでも職人スキルが発動し、ぬいぐるみの状態を調べることができるようになり、手持ちの道具と材料で修理が可能なことがわかった。

「よかった。大丈夫そうだ。すぐにとりかかるよ」

 針と糸を準備して、拾ってあった足を縫い付けていく。ふと、痛くはないのだろうかと様子を窺ってみたが、穏やかな表情で窓の外を眺めているので問題なさそうである。

 チクチク、チクチク……。引き千切られているため接合作業は意外に根気が必要だった。ただ、生産職をメインにやろうと思っている男である。こういう地道な作業は嫌いではなかった。

 むしろ、とことんキレイにつなげようと、半ば意地になっているところもあったくらいである。

 ただ、作業そのものはゲーム内のアシストがあるのと、DEXの高さのおかげで取り立てて神経質にならなければならないものではなかった。

 そうやって3本の足をつなげただけでなく、あちこちほつれている部分も直していく。穴が空いていた部分は生地を足し、中綿も補充する徹底ぶりで気づけば数時間が経過していた。

「すごーい。クモさんきれいになったね」

「そうだな」

 ハルマも満足した様子で流れてもいない額の汗をぬぐう。やれる範囲で最高の仕上がりになったと自負できるものだ。

「おお! なんということでしょう。足だけでなく体のほつれまで……。感謝しきれませんよ」

 蜘蛛のぬいぐるみは巨大な身体では邪魔になるからとすぐに小さくなったが、それでもキレイになったことは明白で、くたびれた雰囲気が消えていた。

「ここまでしていただいたからには、お礼を渡してさようならとは言えません。わたしにもあなたの旅のお手伝いをさせていただけませんか?」

「……ん? あ……、はい。よろしく、お願いします?」

 よく理解しないうちに了承してしまう。

 すると、すぐにアナウンスが表示された。


『クエスト/救いを求める森の声をクリアしました』

『クリア報酬として、森の守り神〈蜘蛛のぬいぐるみ〉を手に入れました。これにより、風の大陸の森の神との盟約が結ばれました』

『名前は、どうぐメニューから変更できます』

『特定の条件を満たすと、能力が解放されていきます。また、拠点に置いておくと、コンシェルジュとしての役割も果たしてくれます』


「何だかよくわからないけど、拠点用の便利アイテムなのかな? とりあえず名前がないと不便だから、つけて上げないとな」

 どうぐメニューを開き、新たに加わっている〈蜘蛛のぬいぐるみ〉を選択してからしばし悩む。

「ところで、ご神木に住んでた頃は、何て呼ばれてたんだ?」

 名前がないということは、ない気がしたのだ。

「そうですねえ。村の人からは〈トワネ〉と呼ばれていましたよ」

「そっか。じゃあ、慣れ親しんだ名前がいいだろ。〈トワネ〉にしておくよ」

 こうやってソロプレイヤーのはずハルマに、旅の仲間がまたひとり増えたのだった。

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