第13話
町に戻ったハルマは、転移アイテムを使ってウィンドレッドからウォータニカの町へと移動した。こちらは水の大陸の初期エリアにある町である。
目的は、この町にある調合ギルドに向かうためだ。
MPポーションの作り方がわからないなら、わかる人を探そうと思ったのである。
そして、わかる人がいそうなのは、やはり専門家の集う場所であろうと考えたののである。この考えに至ったのには、ダイバーとの出会いが大きかった。
町にいるNPCは、ただのNPCではないのではなかろうか? と、かなりの確信をもてるようになっていた。
だが……。
「すまないね。ここにいる職員は、私も含めて商業組合から派遣された事務職ばかりで、調合に詳しい者はいないんだ。このギルドの存在理由も、取引価格の安定化が主要な目的だからね。調合師は、だいたい自分の工房で作業しているから、顔を出す者もせいぜい〈駆け出し〉の職人までなんだ」
まずは責任者に聞くのが早いだろうと、このギルドの館長の所に向かったのだが、思いがけない答えが返ってきたのである。
「マジかー。そりゃ、そうか。ここでヒント聞き放題だったら、調合の醍醐味が薄れるもんな。とはいえ、どうしたもんかな?」
話を聞き終えても、すぐに立ち去らないハルマを見て、館長が思い出したように告げてきた。デジタルの存在であるNPCが、こういう人間臭い行動を取るはずもなく、ハルマが知らず知らずのうちにフラグを立てたことが原因である。
「そういえば、もう図書館には行ったかね? 秘伝の調合レシピはないだろうが、初級レシピの解説書くらいならあるんじゃないかな?」
「図書館? そんなところありましたっけ?」
館長の言葉に、首をひねる。
始まりの町は6か所とも巡っている。全てを完全に網羅するほどではなかったが、主要な地域は把握しているつもりだったのだ。その中に、図書館のような公共施設はなかったはずだ。
「ああ、王都に行ければ大きな図書館もあるのだけど、この町にあるのはとても小さいからね。わかりにくい所にあるから、気づかなかったとしても仕方ない」
そう言うと、場所を教えてくれた。それは、マップにも反映され、わかりやすいように印が表示された。
到着した図書館の前に立ち、ハルマは唖然とする。
「こりゃ、気づかんわ」
小さい以前に、大通りに面していないのである。大通りの民家と民家の間の狭い路地を入った場所で、案内板も何もない。
入口に辛うじて本を模ったマークが出ているだけで、文字も読めないので紹介されていなければ見つけることは困難だろう。
「ってか。そもそも、ここにある本の文字、読めるのか? 店でアイテム買う時みたいに自動翻訳でテキストでも出てくるのかな? 図書館を紹介してくれたってことは、読めるんだよな?」
考えてみれば、町中に溢れる文字も記号に近い扱いで、読めた試しがない。
ハルマは図書館と思しき建物のドアを開けると、中に足を踏み入れる。
「いらっしゃい。こんなところに珍しいね。まあ、ゆっくりしておいき。何かあったら、気軽に言いな」
入ってすぐの場所に腰掛けている受付と思しき老婆がこちらを一瞥すると、すぐに読みかけの本に視線を戻す。その様子に本当に話しかけていいものか戸惑うも、勇気を出して尋ねる。
「あの。すみません。調合に関する本はありますか?」
ハルマの問いかけに老婆はジロリと視線を上げると、狭い室内の一角を指さした。
「あそこの棚に1冊あったはずだよ。ここで読むだけならご自由にどうぞ。借りて帰る場合は1冊につき500Gちょうだいするよ」
ずいぶん高額だなと感じるも、借りていっても読みふける拠点があるわけでもないので利用するのはまだ先のことになるだろう。
「ふむ。まったく読めん。これ、眺めていれば読めるようになるのか?」
並んでいる本を手当たり次第に試してみたが、どれもこれも記号のような何かが並んでいるだけで、内容はひとつも理解することができなかった。
「なあ、マリー。マリーはこれ、読めないのか?」
「んー。あたしも字は読めないよ。字だけの本じゃなくて、絵本見せてよー」
「いやー、どうだろう? 絵本がある感じがしないぞ? 探せばあるかなあ?」
「ちぇー、つまらないの」
マリーは口を尖らせる。ハルマも同様に口を尖らせる。むろん、同じことを考えての行動ではないはずだ。
その後も、しばらく文字を眺めていたが、スキルを獲得することもなければ変化が起こる気配もなかったため、この日は何の収穫もないまま図書館を後にするしかないのだった。
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