第97話 ガキが私に逆らうんじゃないわよ!!!

「ハッピバースデートゥーユー! ハッピバースデートゥーユー! ハッピバースデーディア未来の私たちの赤ちゃん~!!! ハッピバースデートゥーユー!!!! わぁ~~!!!!」


 昼休み、ホールケーキを持った鳥山さんが、突然登場した。


 何かを察したクラスメイトは、俺の席から、距離を取っていく。


「おめでとう魚谷くん。おめでとう私。今日は、未来の私たちの赤ちゃんの誕生日なのよ」

「……どういう意味?」

「つまり、もう子供たちがこの日にできると決めてしまえば、あなたは私と結婚せざるを得ないし、子供を作らざるを得ないという話よ」

「いや、全く理解できないんだけど」

「いいから、ほら。ケーキを食べましょう?」

「……ちょうど昼飯食べ終わったところなんだけど」

「甘いものは別腹って言うじゃない! 食べられないなら、今すぐ吐いて、胃の容量を空けてきなさいよ!」


 相変わらず、めちゃくちゃなことを言う人だ。


 抵抗虚しく、俺の机の上に、ケーキが置かれてしまった。


「子供の名前を決めておいた方が、トークがスムーズに進むわよね。何が良いかしら」

「勝手に決めてください」

「お、おおおぉおちょっとぉおおおお魚谷くん? そんな無責任なセリフあるかしら。自分が仕込んだ子供でしょう?」

「仕込んだとか言わないでよ」

「種付けした?」

「余計悪くなってるって」


 お昼時に……。最低すぎる。


「私の名前が、鳥山蘭華。あなたの名前が、魚谷愛也。これを利用しない手はないわよね」

「はい」

「でも、あるいは海外のように、魚谷愛也ジュニアでもいいかもしれないわ」

「ややこしいからやめたらどうだろう」

「家に、魚谷愛也が二人もいることになるのよ……? こんなのハーレム状態と言っても過言ではないわね」

「女の子だったらどうするつもりなの?」

「養子に出すわね」

「嘘でしょ?」


 史上最大級にサイコな発言が出てしまった。


「冗談よ。その時は、そうね……。出来れば、私の名前の一部を使いたいところだけれど」


 行儀が悪いが、いちごだけいただくことにした。


 ……美味しいなぁ。これ、絶対高いところのケーキだと思う。さすが金持ち。


「ちょっと。人が真剣に、子供の命名に知恵を振り絞ってる最中に、いちごを摘まむってどういうことなの?」

「いや、やることないから……」

「そのヘタ、私にちょうだい」

「え?」

「いいから」


 戸惑いつつも、いちごのヘタを手渡した。


 ……鳥山さんは、何のためらいもなく、食べてしまった。


「うん。魚谷くんの唾液が微量ではあるけれど付着していて、苦みが少しマイルドになっているわね」


 もう、いいや。いちごは。


「名前、いちごちゃんでも良いかもしれないわね」

「急に適当になったじゃん。どうしたの?」

「……正直、娘が生まれた時、その子が成長して、JKになって、私と同じように、魚谷くんにベタベタし始めたらって思うと、複雑な感情なのよ。わかる?」

「わからない」

「わからないでしょうねぇ!」

「うるさっ……」

「今はとりあえず、男の子が生まれる前提で会話をしましょう。仮の名前は、たっくんでどうかしら」

「なんでもいいよ」


 鳥山さんが、ケーキを切り分け始めた。


 そして、いつの間にか用意していた紙皿に、切り分けたケーキを乗せる。


「はい、どうぞ、たっくん」

「は?」

「は? じゃないでしょう? たっくんやりなさいよ」

「……正気?」

「仕方ないじゃない! 男の子が、あなたしかいないんだから」

「あの、何をしようとしてるの?」

「だから……。将来子供ができたときの、シミュレーションをするんじゃない。ほら、早く。ケーキを受け取りなさいよ」

「勘弁してよ」

「はぁ……。ノリが悪いこと山のごとしね」


 ちょっと意味わかんないけど……。まぁいいや。ツッコむのも面倒だし。


「今日だけ、特別よ? 娘ってことにして、ミニ蘭華ちゃんを演じてあげる。たっくんは封印です」


 そう言って、鳥山さんが、ケーキを食べ始めた。


「わぁ~~~い! パパァ! ケーキ美味しいねぇ!」


 ……なんか、ちょっと前にも、こんなことやってたよな。この人。


 マジで恥ずかしくないのかな……。


「おいパパ! 無視しないでちょうだいよ!」

「おいって」

「ほら、ケーキ美味しいよ?」

「……俺、忙しいから、ママと話したら?」

「そうね! ママ~!」

「なぁに?」

「パパがね? いじめるの~!」

「パパは私のものよ! あなたのものじゃないの!」

「えぇ~? そんなことないよ! パパは」

「ガキが私に逆らうんじゃないわよ!!! おらぁ! ボコボコにしてやるわ!!!!」

「パパァ~! 助けて~!!!!」


 ……地獄。


 ケーキを置いた鳥山さんが、ゆっくりと立ち上がった。


「……魚谷くん。これは由々しき問題だわ。やっぱり私、娘は愛せないの」

「そんな人、怖くて結婚できないんですけど」

「たっくん……。ごめんなさい。あなたを産みだすのは、まだ先になりそうだわ」


 鳥山さんが、窓を開けて、空に祈りを捧げ始めた。


「……で、このケーキはどうするわけ?」

「虎杖先生にあげるわよ。どうせ食べてくれるでしょう?」


 こうして、虎杖先生のダイエットは、今日も阻止されるのだった。

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