第96話 鳥山蘭華、犯罪者になりました!

「はっ!!!! ふっ!! ほっ!!」


 体育館に呼び出されたので、向かったところ、鳥山さんが舞台上で、ダンスをしていた。


「来ましたけど」

「ようこそ魚谷くん! 今、ちょっと踊ってて、手が離せないのよ!」

「じゃあ帰ってもいいかな」

「待ちやがれい!」


 鳥山さんが、おもいっきりジャンプをして、舞台から飛び降りたかと思うと、着地と同時に、側転を始めて、こちらまで勢いそのままに向かってきた。


 相変わらず、人間とは思えない身体能力をしていると思う。


「ふぅ。運動したら、汗をかいてしまったわ。舐めてもいいのよ?」

「……」

「そんな目で睨まないでほしいわね! 美少女の汗とか、めちゃくちゃ希少価値高いのよ!? あなたの汗には遠く及ばないけれど!」

「そうですか……。で、どうして俺を呼び出したの?」

「昨日、海外のオーディション番組を見たのよ。挑戦者のダンスに、会場が総立ちだったわ……。あんな光景、私も見てみたいと思ったけれど、よく考えたら私、魚谷くん以外の笑顔とか、別に世の中に存在しなくても良いと思っているから、魚谷くんだけ招待したの」

「長々と説明してくれてありがとう」


 たまには素直に褒めてあげることにした。


 すると、鳥山さんが、驚いたように、目をパチパチとさせ始めた。


「びっくりよ。あの頑固でイケメンで抱かれたい男ナンバーワンの魚谷くんが、私を素直に褒めてくれるだなんて。これはもう、あれが来たってことよね? デレ期。都市伝説だと思っていたけれど、とうとう魚谷くんにも、変化の時が……」

「違うから」

「違うんか~~~い!」


 ツッコミがてら、鳥山さんが、その場でトリプルアクセルを決めた。


 ……さっさとオリンピックに出たらどうなんだろう。この人。


「つまりね。今日はあなたと、フォークダンスをしたいと思っているのよ」

「全然これまでの話、関係ないじゃん」

「関係ないわよ!」

「うるさっ……」

「よくあるでしょう? 文化祭の後夜祭……。キャンプファイヤーの最中に、フォークダンスをした生徒たちは、永遠に結ばれるっていう……。ありがちな伝説!」

「ありますけども……」

「それを今日はやります!」

「いや、文化祭でも、後夜祭でも、キャンプファイヤーでもないじゃん」

「見てなさい」


 いきなり、黒服が複数人、体育館の中に入って来た。


 そして、中央に、薪を組み始めている。


「いや、あの、鳥山さん?」

「楽しみね。待ってる間に、ダンスの練習をしましょうよ」

「違う違う。まさか、あの薪を燃やすつもりじゃないよね?」

「何言ってるのよ魚谷くん」

「良かった。さすがに違うか」

「燃やさないと、キャンプファイヤーじゃないでしょう?」


 良くなかった。


 ついに狂ってしまったのだろうか。この人は。


「火事になると思うよ。考えるまでも無いけどさ」

「あんぽんたんねぇ魚谷くん。よく見なさいよ」


 鳥山さんの指差すところを見ると……。


 そこには、大量の消火器が、準備されていた。


「もちろん、ただキャンプファイヤーをすれば、この体育館は全焼してしまうでしょうね。でも、周りの火を、なんとか消化していけば、できない話じゃないわ」

「運動場でやろうよ。すごい馬鹿なことしてるよ?」

「運動場は野球部が使ってるもの……」

「そんなのいつものクレームで吹き飛ばしてよ」

「魚谷くん。私のこと、勘違いしてるわよ? 私って、引っ込み思案で、人にあんまりお願いとかできないタイプで……」

「じゃあ、フォークダンスも無しにしてくれない?」

「うるさいわね!!!」

「多重人格ですか?」


 そうこう言ってる間に、薪に火がつけられた。


 懸命な消化活動により、火は広がらずに済んでいる。


「さぁ魚谷くん! フォークダンスをするわよ!」

「しないって」

「ここまで準備させておいて、断るだなんて、そんな非常識なこと、しないわよねぇ!!?」


 どっちが非常識だよ……。


 そもそも、煙の量が凄すぎて、火が見えない。


「げほっ、げほっ……。とてもじゃないけど、こんな状況で、ダンスとかできないでしょ」

「あ~~もう! わがままばっかり! じゃあもう、手を繋ぐだけでいいわよ! それがしたくて、フォークダンスを思いついたんだもの!」

「めちゃくちゃ馬鹿なの?」

「ほら、早く手を繋ぐわよ!」


 この煙の中、鳥山さんは、一切咳をしない。


 やっぱり、どこか普通の人間とは、体の仕組みが違うのだろう。


 俺はとてもじゃないが、ここに居続けるのは無理だ。


 身の危険を感じたので、体育館の外に避難した。


「ちょっとちょっと! 魚谷くん!? 何があったの!?」


 虎杖先生が、血相を変えてやって来た。


 さらには、生徒はもちろん、近隣の方まで……。


「……やっべぇ」


 どうやら、ようやく鳥山さんも、事の重大さに気が付いたらしい。


「きょ、今日は~! 鳥山蘭華のマジックショーにお越しいただいて、ありがとうございま~す!」

「無理があるって」

「へ、へへっ」


 笑顔がぎこちない。


「とりあえず、消防署に連絡を……」

「待ちなさい! その必要は無いわ! すでに消化活動は行っているのよ!」

「えっ、そうなの……?」

「そうなのよ!」


 汗ダラダラの鳥山さんの元に、黒服が現れて、耳打ちをした。


「……」


 鳥山さんが、静かに目を閉じた。


 そして……。


「……鳥山蘭華、犯罪者になりました!!!!」


 ……えぇ。


 結局、消防が駆けつけるまでもなく、火は十分後に、消し止められたのだけど。


 薪の置いてあった場所に、目立つ穴ができていた。


 その後、鳥山さんが、長い一日を過ごしたのは、言うまでもない。

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