第231話 〝斧帝〟との接敵
「どうでしたか?」
元領主の屋敷から出てきたイローナを待っていたのはクイナだった。
「問題ないわ。私はここを離れる。後はお願いね」
「かしこまりました」
クイナはイローナに綺麗な一礼をする。
「では、こちらを」
クイナが布に包まれた長物をイローナに渡す。
「ありがとう。行ってくるわ」
イローナはそう言ってルデアから出て行った。
その数時間後、ルデア奪還部隊がルデア近辺まで来ていた。
奪還部隊の先頭には異様に大きな図体をした男が率いていた。
そして、その後ろにも100人あまりの図体のでかい集団が連なっている。
「ガハハハハハ!!!」
ひと際大きな馬の上に跨った巨体の男――〝斧帝〟アレーグ・ヴァルムはルデアを視界に収めて笑った。
「やっと着いたな! 今回の目標はあれか!」
「ヴァルム様、今回の作戦はルデアの奪還です。ルデアは帝都との中継地点を担う要所になります。夢中になり過ぎて壊滅させるようなことはないようにお願いします」
ヴァルムの後方で馬に跨っている巨漢の男が懇願する。
巨漢ではあるが、それよりも巨大なヴァルムを前にすると、普通の大きさに見えてしまう。
「あんな町にこの俺が本気を出すとでも思うのか?」
「…………」
巨漢の男はヴァルムの台詞に即答することはできなかった。
過去に敵国の兵士に罵倒されたことで血が上り、拠点にするはずだった町を崩壊させた前例があるからだ。
「返事はどうしたブサム?」
「はい。仰る通りかと……」
巨漢の男――ブサムは頷いた。
ここで「いいえ」とは言えない。
言えばヴァルムの機嫌がどう転ぶかわからない。
一度、機嫌が悪くなると手が付けられなくなるからだ。
機嫌を直す労力を考えると従順に頷くしかなかった。
〝斧帝〟部隊の副官であるブサムでもこうなのだ。
部隊員は何も言えないだろう。
他の〝帝天十傑〟の部隊同様、〝斧帝〟部隊もヴァルムが気に入った者たちが集められていた。
しかし、その編制は偏っていた。
彼の評価基準は武力。
純粋な武力を基準に集められた集団だった。
そのせいか、〝斧帝〟の部隊員は全員体格が大きい。
ただ、短所もあった。
それは武力に偏り過ぎているところだ。
頭を使う人間が少なすぎた。
ヴァルムが集めた中で知力の高かったブサムが副官として抜擢されていた。
しかし、副官として何かできるわけではない。
〝斧帝〟の部隊は〝斧帝〟ヴァルム中心の部隊だ。
〝斧帝〟がやることに頷くだけの兵隊たちの集まり。
だから――
「まずは小手調べだ」
〝斧帝〟ヴァルムが手綱で馬を叩く。
一気に加速する黒馬。
「ヴァルム様!」
ヴァルムは部隊員を置き去りにして先行する。
城門までどんどん接近していくヴァルム。
堂々と近づけば城壁上で監視をしている人間に見つかる。
「「「敵襲!」」」
複数の声が飛ぶ。
それでも、ヴァルムは馬足を止めようとはしない。
ある程度近づくと、背中に背負っていた斧を片手で構えた。
「簡単には壊れるなよ」
そう言い放って《エンチャント》で魔力付与された斧を横薙ぎに振る。
まだ塀までは距離がある。
城壁の監視者たちは何をしようとしているんだと首を傾げていた。
すると、城壁がガタガタと揺れる。
「何が起きてるんだ!?」
監視者たちは大きく揺れる城壁から振り落とされないように塀に捕まるので精一杯だった。
揺れる城壁。
それでも崩れることはなかった。
「ほう、耐えたか。要所と言われるだけはあるようだな。だが、これはどうだ」
ヴァルムは斧を上段に構えて振り下ろした。
城壁との距離はさっきよりも縮まっている。
距離が近づいたことで威力も上がっているだろう。
さっきよりも強い斬撃が飛んで来れば城壁が崩れてもおかしくない――はずだった。
「ん? どういうことだ?」
ヴァルムは手綱を引っ張り、馬の脚を止めた。
さっきよりも強く《エンチャント》の斬撃を放ったはず。
それなのに城壁には何の変化もなかった。
ヴァルムはビクともしなかった城壁を睨む。
「何が起きた?」
睨んでも何かわかるわけではない。
そして、城壁に近づくべきではないと勘が警鐘を鳴らしてくる。
じっくりと観察したかったがジッとはさせてもらえない。
「敵の足が止まった! 全員! 弓を構えろ!」
城壁の上から号令が聞こえてくる。
そして――
「放て!」
ヴァルムに向かって矢が放たれた。
雨のように降り注ぐ矢。
ただの兵士ならひとたまりもないだろう。
しかし、その場にいるのは〝斧帝〟だ。
「ふん、ただの矢ならなんてことはない」
ヴァルムは斧を一振りする。
《エンチャント》で魔力を纏わせた斧は斬撃を飛ばす。
その威力は突風を巻き起こす。
雨のような矢は一瞬で薙ぎ払われた。
だが――
「…………ッ!?」
ヴァルムの頬に切り傷ができる。
有象無象の矢の中にまともな矢が混じっていたようだ。
《エンチャント》の斬撃を貫いてきた矢。
あの矢も《エンチャント》で魔力を纏わせていたのだろう。
そうじゃなければ、貫くことはできない。
「あっちからか」
射線が通った先を見る。
城壁の上で再び弓に矢を番える姿が見える。
「女か?」
女だろうと子供だろうと反抗してくる相手には容赦しない。
それが〝斧帝〟ヴァルムのやり方だ。
ヴァルムが斧を構えて矢を迎え撃とうとする。
しかし、矢はヴァルムに向かって飛ぶことはなかった。
ヴァルムの頭上を越えて――
「ぐあッ!」
着弾した先で苦悶の声が聞こえてきた。
ヴァルムは背後を振り返る。
そこには自分の部隊がいた。
自分を追ってきたのだろう。
常に後ろを付いてくるように言いつけているから、命令違反ではない。
ただ、矢に《エンチャント》できる人材が反乱軍にいたことだ。
自分の持つ武器に《エンチャント》を行うだけでも高等技術に値する。
それを自分の手元から離れた状態で《エンチャント》を維持できる人間は、相当高
い技術を持っていないと無理な芸当だ。
そして、力に注力して集めた〝斧帝〟部隊では対応できない。
「はあ……」
ヴァルムはため息を吐いた。
「全員戻るぞ!」
ヴァルムの号令で〝斧帝〟部隊は引き返す。
殿はヴァルムが行う。
度々飛んでくる《エンチャント》された矢を斧で弾き飛ばす。
「あれは厄介だな」
ただ突っ込んでいくだけでは奪えないようだ。
若干のストレスを抱えつつもヴァルムは、自分の部隊が全滅するのを嫌って貴族兵たちのいる場所まで退いた。
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