第191話 詰問
「さっさと吐け!」
「ぐぁッ!」
エリが戻ると、綺麗な装備を着用した二人が一人の男を囲っていた。
二人とも同じ装備で揃っている。
おそらく彼らはデルクライル子爵の私兵なのだろう。
彼らの周りには血を流して息も絶え絶えの者たちが転がっていた。
二人に囲まれている彼も右肩から血を流している。
エリは私兵二人の持つ剣に視線を向けた。
彼らの剣にもべっとりと血が付着している。
この所業を行ったのは彼らだろう。
あのときの傭兵たちは暴動者を皆殺しにしていた。
どんな用件で雇われたのか知らないが傭兵は暴動者を生かそうとしていなかった。
多くの暴動者を殺したのも撤退し始めたときだ。
つまり、背後からの傷で死んでいる者は傭兵たちによるものだろう。
しかし、彼ら二人の周囲に転がっているのは、明らかに前から斬られた傷だった。
わざわざ死んだ人間を斬るなんてことはしないはず。
エリが気絶させて無力化していた者たちを拷問していたのだろう。
十数人が地面を血で濡らしているところを見るに成果は芳しくないようだ。
裏町の通路で人通りがないとはいえ、こんな開けた場所でやるなんて正気の沙汰じゃない。
声を聞きつけた野次馬が現れたら、どうするつもりだろうか。
エリがそう思っていると私兵の1人が暴動者の左肩に剣を突き刺した。
痛みを与えて情報を吐かせようとしているようだ。
「奴らはどこに逃げた!」
「ぐぁっ!」
だが、それもうまくいっていないようだ。
暴動者の男は痛みを我慢するのに歯を食いしばっているだけで、目の内に憎しみの炎が燃えているように見えた。
これでは憎しみが増すばかりで情報を聞き出すことはできない。
見るに耐えかねたエリは――
「何をやってる!」
割って入り、私兵たちを止めた。
「なんだ! 貴様!」
「無礼だぞ! これは領主様の命令だ! 邪魔するなら、貴様も捕らえる!」
私兵たちの対応にエリは内心でため息を吐いた。
エリの服装は一般のありふれたもの。
腰に差す剣だけが異様だったが、拷問で頭に血が昇っている彼らはそれに気づかない。
野次馬と勘違いされても仕方がないだろう。
「これで話しを聞く気になるか?」
エリは豪奢な剣が刻印された金板を懐から出した。
「あぁ?」
私兵の一人がエリの持つ金板を訝しそうにして覗き見る。
「…………ッ!」
覗き見た彼は刻印を見て目を見開いた。
デルクライル子爵の私兵ならルダマン帝国民だろう。
帝国民ならだれでも知っている刻印――〝帝天十傑〟のひとつ。
〝剣帝〟の刻印だ。
「おい、どうした?」
もう一人が固まっている仲間と同じようにエリの手元を覗き込んだ。
「…………なッ!?」
口をパクパクさせて何も発することができなくなっていた。
二人は自分たちが行ったことを走馬燈のように思い出したのか、額に大粒の汗が浮かび、冷や汗がタラタラと垂れていく。
「やめろと言ったのがわかったか?」
「「は、はい!」」
「なら、生きている者と死んでいる者を分けろ。生きている者への拷問は禁止する。
それと、救護班を呼べ。彼らを手当するように伝えろ!」
「「は、はい!」」
デルクライル子爵の私兵二人は敬礼をするとすぐに走り出した。
(これで大切な情報源を失わずに済みそうね)
エリはとりあえず両肩から血を流す暴動者から話を聞くことにした。
痛みで息が荒く、肩からの出血も止まらない。
もうすぐ救護班が来て手当をするだろうけど、聞けることは聞いておく必要があった。
「どうやってこの町から脱出するつもりだった?」
「知るか!」
彼の目を見て隠し事があるかを読む。
これは勧誘のために身に付けた観察能力を応用している。
ただ、嘘を言っているかどうかがわかるぐらいの精度でしかない。
それでも使い道はある。
まったく目を逸らさない視線。
数秒間、にらみ合うが一向に目を逸らさなかった。
「そうか」
(本当に知らないようね)
「なら、どこに向かって逃げようとしたのか?」
「西? それとも東? または南? 北?」
エリは言葉にしながら男の反応を見た。
その結果――
「東ね」
「なッ!」
言い当てられて目を見開く男。
「それじゃあ、どの建物に向かったのか――」
エリは裏町内で東側にある目立つ建物の外観を何個か言葉にしてみるが、反応は薄かった。
ただ、反応が薄かっただけで読み取れなかったわけじゃない。
ある程度の目星は付いた。
「もういい。救護班が来るから助けてもらえ」
聞くことが無くなったエリはデルクライル子爵の屋敷に向かった。
暴動者の男から得られた撤退時の目的地は建物ではなく道だった。
裏町の東側にある道の交差点。
そこが目的地。
そこに隠し通路の入り口があるのかもしれないが、その可能性は薄いだろう。
戦後に一度、裏町はルダマン帝国が隅々まで物色しているはず。
道に隠し通路なんかがあればそのときに見つけられているだろう。
家屋内に隠した方が見つかりにくいのだから。
そして、暴動者の男は脱出方法を知らないと言っていた。
それは十中八九、本当のことを言っているとエリは判断していた。
そうなると、目的地に設定された交差点はただの目的地でそこから案内する者がいた。
(私ならそうやって逃走経路の漏洩を防ぐ)
ある程度の範囲に絞れたが、ここからはしらみ潰しに探すしかない。
それには、人手がいる。
これはデルクライル子爵の私兵に任せるしかなかった。
自分の部隊がいれば、もっと違うやり方もあったが、ないものは仕方がないと割り切る。
エリは掴んだ情報を元に指示するため、デルクライル子爵の元へ向かう。
ついでに隠し通路のような場所が本当にないかも確認することにした。
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