第187話 飛来物と追跡者

「エアリス、粒子化した状態で反乱軍の撤退の進行具合を確認してくれ。ある程度、撤退できたら、教えてくれればいい。目処が立ったら、俺もこの町から脱出する」


「わかったわ」


 エアリスは粒子化して見えなくなる。


 琉海は屋根の上から〝剣帝〟に向かって駆け出すと同時に水属性の精霊術で水球を50個ほど生み出し、細く伸ばして渦上に回転させる。


 琉海の周囲に浮く貫通力の高い水槍。


 それらが撤退する反乱軍と〝剣帝〟の間に放たれた。


「…………ッ!」


 〝剣帝〟は琉海の攻撃を察知して後ろへ大きく飛んだ。


 しかし――


「ぐあっ!?」


「ぐッ!?」


 気づけなかった傭兵たちは水槍の射線上に飛び込み、体を貫かれて地に伏していく。


 一瞬で数十人が倒れた。


 中には足や腕の傷口を抑えて苦悶の表情をしている者もいる。


 たまたま急所に当たらなかったのだろう。


「……ううッ、な、何が起きたんだ……」


 そして、自分たちに何が起きたのかもわからなかったようだ。


 ただし、完璧に回避できた1人以外は――


「何者?」


 〝剣帝〟が屋根上から飛び降りてくる者に視線を向ける。


 撤退していく反乱軍を庇うように立つ琉海に傭兵たちはたじろいだ。


 誰も動けないでいると傭兵の1人が停滞に我慢できずに襲い掛かった。


 そいつの首を琉海は剣で斬り飛ばす。


 いまの動きも見えた者が何人いただろうか。


 完全に委縮した傭兵たち。


 しかし、1人だけ違った。


 横からの気配に気づき剣で防ぐ。


 すると、〝剣帝〟の剣とぶつかった。


「貴様は何者だ?」


 つばぜり合いをしながら、〝剣帝〟が聞いてくるが、琉海は取り合わない。


 精霊術の強化出力を上げ、拮抗を崩す。


 膂力を保ったまま剣を振るのと同時に風の精霊術で〝剣帝〟の体を吹き飛ばす。


「くッ!?」


 〝剣帝〟はバットで打たれたボールのように後方へ吹っ飛び建物を貫通する。


 風の精霊術で〝剣帝〟の体を後押しした結果だ。


 想像以上の結果を生んだ。


 あの勢いだと何件かの建物を貫通しただろう。


 普通の人間なら死んでもおかしくないが、相手は〝剣帝〟だ。


 死んでいるなんてことはない。


 だが、当分は戻ってこれないだろう。


「さて、他に命が惜しくない奴はいるか?」


 琉海の問いかけに傭兵たちは動けない。


 金で雇われている傭兵だ。


 命と金を天秤にかければ、命を取るだろう。


 背後を確認すると、反乱軍の姿は見えなくなっていた。


(順調に撤退しているわ)


 エアリスから念話が聞こえてくる。


(わかった。こっちもそろそろ引き上げる)


 琉海は剣に風の属性を纏わせて地面にひと振りした。


 爆風で傭兵たちは吹き飛ばされる。


 琉海はその隙に走り出した。


 一気にトップスピードに乗る直前――


 後方から何かが飛来した。


「ぐッ!」


 飛来物が琉海の横をかすめて脇腹を抉った。


 その余波で琉海は建物に突っ込む。


 それと同時に地面に着弾した飛来物は辺り半径2メートルを吹き飛ばした。


(ルイ! 腹部の修復は私がやるからマナを作って!)


「うっ……了解」


 突っ込んだ建物は琉海の直撃と飛来物が着弾した余波で半壊していた。


 裏町だから建物内には誰もいない。


 辺りを確認していると脇腹の痛みが引いていく。


(傷の修復は完了したわ)


「ありがとう。にしても、何が飛んで来たんだ?」


クレータの中心に目を向けると1本の剣が刺さっていた。


「あれは……剣?」


 琉海が剣に注目していると、その1本の剣の近くに女性が降り立つ。


 琉海はボロボロのローブを捨て、すぐに新しいローブを《創造》してフードを被り直した。


「〝剣帝〟の仕業か……」


 〝剣帝〟のあの動きが全力とは思っていなかったが、あっさりと追いつかれると想像していなかった。


 琉海はフードを深く被り直し、全力で駆け出す。


〝剣帝〟も琉海の動きに即座に気づく。


「逃がさない」


 すぐに琉海に追いついた〝剣帝〟が剣を振るった。


 琉海はその剣を防ぎ、その反動を利用して加速する。


 だが、それでも〝剣帝〟は琉海に追いつく。


 町中を疾走しながら、数合の剣戟をする。


 一進一退の攻防。


(このまま〝剣帝〟を引き連れて町を脱出したんじゃ意味がない)


 〝剣帝〟を引き剥がせないことに琉海は焦れていた。


 そして、〝剣帝〟も同じように止められないことに焦れていた。

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