第89話 幼馴染?

「では、構えてください」


 審判に言われ、琉海は無手で構える。


 トウカという女性は鞘から刀を抜き構えた。


「――――ッ!?」


 琉海はその姿を見て目を見開いた。


 彼女の刀の構え方が一人の幼馴染と被る。


 その姿に琉海は驚いてしまった。


 そして、彼女の名、トウカ・シュライト。


 姓は別の名前だが、名には聞き覚えがあった。


 飛行機で前の席に座っていた幼馴染――木更刀香。


 この世界にも同じような名前があってもおかしくない。


 だからか、似ている名前があっても琉海はあまり反応を示さなかった。


 だが、この構えは見過ごせない。


 あの構えは木更家の道場で教えている刀剣術の構えだ。


 あまりにも酷似している。


 ただ、歳に数年の差があるのか、見た目はだいぶ変わった印象を受ける。


「とう――」


 琉海が声をかけようとしたとき――


「では、はじめっ!」


 審判の開始の合図がされてしまった。


 真っ先に動きだしたのは、トウカだった。


 トウカの動き出しが見えず、一瞬で琉海の視界から消える。


(はやいッ!)


 精霊術を扱っているわけではないのにこの速さ。


 すぐに琉海は彼女を視線で追おうとしたとき、背後に寒気を感じた。


 琉海は自分の感覚を信じ、前に前転。


 トウカの刀は空を切った。


「さすがに話ができる状態じゃないか」


 一撃目を躱し、琉海とトウカはにらみ合う格好になった。


 トウカの動きは明らかに一撃必殺に重点を置いている。


「面倒なのは、あの動きか……」


 尋常ではない速さで動く彼女。


 琉海はそれ以上の速さを出すこともできるが、出力を上げ過ぎれば、殺してしまいかねない。


 部分的に強化することもできなくないが、出力のバランスや切り替えるタイミングなどまだ練度が高いとは言えない琉海にとってそれは不安要素が多かった。


(力任せは悪手か……なら――)


 動きはなんとなくだが、読めると琉海は思っていた。


 それは小さい頃から見知っている動きだからだ。


 多少のアレンジはされているようだが、根幹にあるのは、木更流刀剣術。


(ズルをしているようで申し訳ないけど、話しをできる状況にさせてもらう)


 琉海は一歩進み、少し重心を横に傾ける。


 その動きに合わせるようにトウカは、動きだした。


 トウカは琉海の傾いた方向とは逆から襲いかかってくる。


 傾けていた重心を身体強化の力で無理矢理修正。


 その動きにトウカは驚き、目を見開く。


 誘い込まれたと気づいたのだろう。


 しかし、すでに刀を振る動作にまで入ってしまっている。


 ここから動作を変更することはできない。


 こうなることを知っていた琉海は、刀を振ろうとしている腕を掴み、足払いをして地面に伏させる。


「くッ!?」


 琉海の動きは木更の道場で教えてもらった柔術だった。


 試合を終わらせるには、寸止めか意識を奪う必要がある。


 琉海は一瞬で《創造》を行使。


 ナイフを生み出し、彼女の首元にあてた。


「勝者ルイ」


 審判がルイの勝ちを宣告する。


 トウカは試合が決しても琉海を睨んでいた。


 組み伏せている状態では話ができないため、琉海は力を緩め解放する。


 しかし、手を離した瞬間、トウカは立ち上がり逃げ出した。


「ちょ、おい! 刀香!」


 琉海の呼びかけにも応じず、トウカは舞台から走り去った。


 予想外の対応に琉海は首を傾げた。


「人違いだったのか?」


 別人だとは思えないほど似ていた剣術。


 似たような剣術がこの世界でも生み出されたということなのだろうか。


 そうだとしても、別人のトウカとあの剣術が結び付き、あの練度で習得している可能性はだいぶ低い。


 そう考えると、やっぱり彼女は木更刀香だったのだろうか。


 様々な憶測が琉海の頭に浮かび上がる。


 だが、試合もまだ残っている。


 さすがに不戦敗で負ければ、スタント家にも迷惑をかけかねない。


 逃げられてしまったが、トウカは侯爵家の人間のようだし、会おうと思えばいつでも会えるだろうと琉海は考え、深追いをすることはしなかった。


(でも、俺に気づかなかったのは、どうしてだろう)


 あの飛行機事故からこの世界に飛ばされてまだ日が浅い琉海には外見の変化はほとんどない。


 数年経っていて大人になっていたらまだしも、まだ変化の少ない琉海のことを忘れている可能性は低いと思われた。


 それが幼馴染ならなおさらだ。


(やっぱり人違いだったのだろうか)


 琉海は疑問を抱えながらも、舞台から下りた。

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