第77話 登場

 いまだに開始されない試合。


 観客たちも登場しない琉海に不信感を覚え始めたのかざわめきだす。


『ま、まだ現れないルイ。どうしたのか……』


 司会者も盛り下がってくるのを何とかしようとするが、中々難しいようだ。


 騎士武闘大会は賭けが行われている興行事業でもある。


 盛り上がっているほうが、いいに決まっている。


 始まらない試合に嫌気を差した観客たちが声を上げた。


「次の試合に行けよ!」


「もう、次でいいよ!」


「早く進めろよ!」


「賭けた金返せよ!」


「「「「進め! 進め! 進め!」」」」


 観客たちから次の試合に進めとコールが飛ぶ。


 観客たちの怒号は伝染し、ひとりひとり広がっていく。


 会場が怒号の嵐となり、雰囲気も悪くなってくる。


 これ以上は待つのは危険であることを察したのか、審判が動いた。


 舞台で待つシェイカーは視界の端で審判が動いたのを捉える。


「やれやれ、楽しめるかと思ったけど、文字通り、勝負にならなかったか」


 シェイカーは自分の不戦勝を告げにきたであろう審判が、舞台の中央に立つのを待つ。


 審判はゆっくり中央まで歩を進める。


 そして――


 審判の口が開いた。


 言葉が紡がれた瞬間、この試合は終了する。


 貴族たちはこの試合に注目していた。


 なんせ、公爵家が博打を打ったのだ。


 博打に失敗して没落すれば公爵家の席が一つ空く。


 そうなれば莫大な金や土地が動くことになるだろう。


 その土地や金を狙っている貴族は多い。


 この試合の後のことを夢想する貴族たちは審判の動きに瞬きをせずに待つ。


 今か今かと審判の言葉を待つシェイカーと貴族たち。


 審判は小さく息を吸い――


「しょ――」


 ドゴン!!


 大きな音が舞台の中央から轟いた。


 審判が判定を出す前に何かが舞台のど真ん中に落ちてきたようだ。


 凄まじい音と粉塵で舞台がどうなったのか誰もわからない。


『な、何が起きた!』


 司会者側からでも何が起きたのかわからない。


 そして、司会の声は威容に大きく聞こえる。


 いつの間にか観客たちの怒号は鳴りを潜めていた。


 沈黙が会場を支配している中、少しすると砂煙は風に流されて晴れてくる。


 シェイカーにも落ちてきたものが何か視界に捉える。


 そして、観客たちも何が落ちてきたのか見えて息を呑む。


 まさかの登場。


 今までここまで派手な登場をした者はいただろう。


 晴れ切った場所には少年が立っていた。


 少年の着地した地面には小さな蜘蛛の巣状のヒビが入っている。


 そんな場所になんでもないかのように平然と立つのは、ティニアをお姫様抱っこした琉海だった。

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