第351話・二人のプリームス(1)

「誰・・・だなんて酷い言い様です。私ですよ・・・アーロミーアです」

とプリームスを膝枕していた"プリームスに瓜二つな女”は言った。



当のプリームスは、アーロミーアの物言いに驚愕しつつも怒りを覚える。

「はぁああ?!」


突然現れ姿を真似された者に「なんで私に気付かないの?」、と言われても無理な話だ。

そして実際は大して驚いてもいなかった。


理由はアーロミーアが"魔神王の使者"であり、"調停者"でもあるからだ。

つまりイリタビリスの母親の姿を模倣した、|魔神王の使者(ケーオ)の存在を知っていた為だ。



「あら・・・余り驚きませんのね? 残念です・・・」

そう言ってアーロミーアは気落ちした様子を見せる。

それは以前とは比べ物に為らない程に表情豊かで、人間らしさを含んでいた。



しかしケーオの例を考えると、模倣する対象の情報を体内に取り入れる必要がある筈なのだ。

分り易く言えば、対象者の脳を食べる・・・である。


情報の集積体である脳を体内に取り入れ、解析していると推測すれば実に理に叶っていると思えた。

正に魔神らしい方法で、エグ味を感じてはしまうが・・・。



『うん? じゃあ私をどうやって真似したのだ?!』

と単純な疑問にプリームスは辿り着く。

脳を食べられれば人は死んでしまうのだから。



それを察したのかアーロミーアは、

「プリームス様がお眠りの間に、ほんの少し遺伝子情報を頂きましたの。私はケーオがした様な、無粋で残酷な行為は好きでは無いのです」

と笑顔でプリームスに告げた。



「なるほど・・・姿を模倣するだけなら遺伝子情報だけで問題無いのか。でも私の何処から情報を取ったのだ?」

合点がいったプリームスだが、新たな疑問が湧く。



するとアーロミーアはモジモジしつつ言い淀む。

「え〜と・・・」



「なんだ? そんなに言い難い事なのか?」

やんわりとした問い質しだが、プリームスの目は訝し気に鋭い。


その視線に堪えきれなくなったアーロミーアは、仕方なく訳を口にした。

「実は、プリームス様が眠っている間に少々唇を拝借致しました・・・」



「どの程度に?」



更に追求されて何故か怯えるアーロミーア。

「えっ・・・あ、えっと・・・。粘膜と唾液を頂く為に、プリームス様の口内をそれなりには・・・」



「馬鹿者! それはねぶると言うのだ。私の寝込みを襲うとはしからん奴だ!」

怒り心頭で言い放つプリームスだが、弱った状態で膝枕されているのだから怖さなど皆無だ。

そもそも怒る以前に、弱気な超絶美少女が強がって言っている様に見え、可愛らしい程である。



それでもアーロミーアには効果が有ったようだ。

「申し訳ありません・・・余りにもプリームス様が可愛らしく居らして、我慢が出来なかったのです」

そう彼女は殊勝な様子で首を垂れて謝罪したのだった。



膝枕をして、される側が居る訳だが、こうなると互いの顔が近付く事になる。

超至近でアーロミーアを確認したプリームスは、ある事に気付く。

「お主の瞳は黒色なのだな・・・それに髪の色も黒い。他は全く私と同じなのだが、もしや模倣を失敗して魔力を失くしたのか?」



瞳の色や髪の色は、内包する魔力の強さが顕著に出る身体の箇所なのである。

因って魔力が少なく魔術適性が無い者は、例外を除けば一般的に黒色がそれに当るのだった。



プリームスの問いにアーロミーアは首を傾げた。

「え? いえ、魔力は以前の私と同じか、それ以上は有るかと・・・」


そしてプリームスが云わんとしている事を察し、直ぐに説明を始める。

「あっ! 見た目に関しては完全に私の好みで調整しました。ですから人間の既存常識に私は当て嵌まりませんよ」



「ふむ・・・」

プリームスは納得したが、他に納得出来無い事が多過ぎて釈然としない。



『まぁ、全て同じにされたら、それはそれで嫌だしな・・・。と言うか・・・』

「そもそも何故に私の姿を真似たのだ? 私が調停条件を達成出来なかった腹癒せか?」

少し苛立ちが募り、プリームスは矢継ぎ早に質問をした。



するとアーロミーアは、キョトンとした様子でプリームスを見つめ告げる。

「え、何を仰いますか・・・?! プリームス様は、ちゃんと剣聖を倒しましたよ。それに貴女の姿を模倣したのは、調停条件を満たした者の姿に為るのが私の願いだったからです」



今度はプリームスがキョトンとしてしまう。

「え?!」



アーロミーアは少し呆れたように溜息をつく。

それからプリームスの頬を、愛おしそうに優しく右手で触れて言った。

剣聖インシオンは貴女に倒されたと認識し、確かに心が折れたのです。プリームス様は直ぐに気を失われたので、分からなかったのかも知れませんが・・・」



「そうか・・・」

予想外の現状にプリームスは虚脱感を覚えた。

それは受け止め背負った願いが成就され、重責から解放された副作用と言えるだろう。



不思議そうにアーロミーアは尋ねた。

「あら・・・嬉しく無い御様子ですね。何か満足されない心残りが有りましたか?」



プリームスは小さく首を横に動かすと、

「いや、違うのだ・・・。今回はここに来て、複合的な一番の難事だったからな。達成と解決、両方を成せてホッとしたのだよ・・・」

そう少し自嘲するように答える。



そうすると何もかも見透かしたように相槌を打ち、アーロミーアは言った。

「ここに来て・・・とは”この世界”にやって来てと言う事ですね・・・。以前の御体ならまだしも、こんな華奢で儚いのに良く頑張られました・・・」



驚くプリームス。

自分がこの世界の住人では無い事を、ごく僅かな者にしか話していないからだ。

しかも今の身体は厳密には依代であり、魔王だった頃の本当の身体は他にある──それをアーロミーアは知っている様な口振りなのだ。



「何故・・・どこまで知っているのだ? テユーミアから聞いたのか?」



少し申し訳なさそうに微笑み、「違います・・・」とアーロミーアは端的に答えた。



急勝せっかちなプリームスは要領を得ないと感じ、鬱積しつつあった思いを何とか押し留める。

そして説明を促す様に、優しくアーロミーアへ告げた。

「怒らないゆえ全て話してみなさい」



「はい・・・実は・・・・」

小さく頷くとアーロミーアは、おずおずと話し出すのだった。



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