第350話・帰結の時

プリームスは頭上に硝子の剣を掲げ言った。



百束の雷光エカト・プロンティー



虚空を埋め尽くす程の紫電が発生した瞬間、一つに繋がり、プリームスへ直撃する。

否・・・掲げた硝子の剣へ吸い込まれたのだ。



「フフフ・・・やはりこの剣は魔力保有許容が大きいようだな」

プリームスは帯電し青白く発光する硝子の剣を見つめ呟いた。


そして極大化した熱線ゼストシールマの効果が消失する寸前に、インシオンへ目掛けて踏み込む。

精霊化したプリームスの速度は神速に達し、20mの距離など瞬く間に渡り切るだろう。



「くっ・・・!」

プリームスの挙動を察知していたインシオンは、その表情を険しくする。

絶え間なく放射された熱線ゼストシールマが剣聖に絶掌を強いり、その動きを数秒だが封じてしまっていた為だ。



『何もかもが間に合わぬ・・・だが!』

腹を決めたインシオンは、無手の右手に仙力を集中させる。



その直後、絶掌で受け止めていた極大化熱線ゼストシールマが収束し、インシオンの視界が開けた。

「!!!」

目を見開くインシオン・・・眼前にプリームスが迫っていたのだ。



雷光煌めく剣を振りかざし、プリームスは告げた。

「終わりだ・・・剣聖!」




紫電の一閃と漆黒の一閃が衝突し、周囲に凄まじい轟音と衝撃波を伝えた。




「きゃっ!?」

「・・・!!」

猛烈な余波を受けたイリタビリスは小さく悲鳴を上げ、アーロミーアは片手をかざし顔をしかめる。




咄嗟に仙力を集中させ、右手に漆黒の刃を顕現させたインシオンは、辛うじてプリームスの硝子の剣を受け止めていた。

だがその尋常成らざる膂力と魔力がインシオンを抑えつけ、とうとう片膝を突かせたのだった。



それでもプリームスの刃は、インシオンの身体には到達していない。

「むぅ・・・往生際の悪い奴め!」

ぼやきつつもプリームスは更に力を加えた。



「往生際が悪いからこそ・・・100年もの間、魔神と一人で戦い続けられたのだ・・・」

そう答えるインシオンの眼は、言葉通りに諦めぬ強い意志を湛えていた。


しかし意志とは裏腹に力が尽きかけているのか、次第に受けた刃が押され硝子の剣が肩口に迫る。



「終わらぬ・・・ここで私が倒れれば、民が・・・シュネイが・・・」

インシオンの絞り出すような声と共に、左手を刃の支えに加えプリームスの剣を押し返し始めた。




「この距離で、私の剣を受け止めた時点で・・・お主の負けは確定していたのだ」

まるで相手を慈しむような、穏やかで優しいプリームスの声がした。




その言葉を理解するより先に、傍で猛烈な熱量を感じ、それをインシオンは見止めた。

刃渡り2m近くは有りそうな、燃え盛る大剣をプリームスが左手に携えていたのだった。



炎魔剣・・・、以前の世界でプリームスの代名詞だった程の神器である。



その内包する力を即座に見極めたインシオンは、プリームスが言った言葉を理解する。

この2本目を防ぎきる術が無いからだ。



その刹那、炎魔剣は振り上げられ、硝子の剣に押し当てる様に打ち下ろされた。

「ぐぬっ!?」

斬り付けられると思いきや、力任せに硝子の剣へ合わせた行動にインシオンは驚愕する。



「うははははは!! 最後は力比べだ! 死ね~い!!!」

若干狂気を含むようにプリームスは言い放つ。



しかしながら状況はインシオンへ好転する事は無い。

受け止めていた漆黒の刃が、2本の神器に押され始め・・・やがては硝子の剣の刃先がインシオンの肩に食い込んだのだ。



鎖骨が切断される音を体内から聞いた。

「ぐぅうううぉおおぉぉぉ!!」

それは激痛からでは無く、必死に押し返そうとする叫び・・・だが誰の眼にも死に際の声に聞こえたに違いない。



そして仙力を消費しきったのか、遂には漆黒の刃を消失させてしまう。



硬く鋭い刃が、身体に沈み込む感覚をインシオンは感じた。

それは250年の人生で初めて体感した物で、余りにも硬質的で情緒の無さを同時に覚えた。





突然、甲高い耳鳴りの様な音が響き渡った後、砕けるような音が続いた。





「!!??!」

プリームスは自身の身体に力が入らず、2本の神器を落としてしまう。

精霊化が解け、その反動が一気にプリームスの身体に押し寄せた所為だ。


緑色に輝く髪は銀色に戻り、虚ろになった瞳は元の真紅を湛えていた。

また2本の神器は地面に落ち、乾いた小さな音を響かせるのだった。



インシオンは瞠目する。

行き成り訪れた幕引きに驚いたのは事実だが、プリームスの儚く華奢な様相に目が釘付けになってしまっていた。

『こんな年端も行かない少女が・・・私を倒したと言うのか?!』



「時間切れか・・・。すまぬモナクーシア・・・シュネイ・・・」

そう弱々しい声で呟くと、プリームスは膝から崩れ落ちる。



我に返ったインシオンは、慌ててプリームスを抱き留めた。

そうして改めて腕の中の美少女が、余りにも小さく儚い事を実感する。




遠くから声が聞こえた。

女性の・・・まだ若々しい娘の、今にも泣き出しそうな叫びにも似た声であった。






 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※






全身に力が入らず、無理に動かそうとすると激痛が走った。

自分が横たわっている事は何となく察したが、どの様な状況なのか全く分からない。



何とか瞳を開けようとするが、薄っすらとしか開かず随分と眩しく感じる。

『痛みを感じ光も認識出来るなら、随分と状態はマシな方か・・・』

そうプリームスは内心で自嘲した。



微睡みを彷徨いつつ明るさと戦う事30分、漸く眩しさに慣れたプリームスは瞳を見開くに至る。

そして仰向けに寝ていた為、一番最初に見るのは天井・・・最悪を想定して野外なら虚空である。


しかし実際は、自分自身の顔だったのだ。



「ふぁっ?!」

余りに予想外な事態に、素っ頓狂な声が出てしまったプリームス。



すると自身を見下ろしていた”自身と瓜二つ”の顔は、

「あぁ・・・良かった・・・お目覚めになりましたか」

と切なそうな微笑みを湛えて言った。



どうやらプリームスは、この自分と瓜二つな者に膝枕をされて眠っていた様であった。

また状況からして敵意も特になく、逆に心配されている感が否めない。



「お前は・・・誰だ・・・?」

まだ身体に力が入らず、無防備な状態でプリームスは弱々しく尋ねた。



すると彼女は少し不満そうな顔で答える。

「誰・・・とは酷い言い様です。私です・・・アーロミーアですよ」



「はぁああぁ?!!」

その答えに驚愕したが、それよりも察せよと言わんばかりの物言いに腹が立ってしまたプリームスであった。



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