第333話・死闘、死神とモナクーシア

出来るだけ優位な状況を作ろうと、モナクーシアはプリームスを人質にしてアポラウシウスへ脅しをかけた。


だがアポラウシウスの反応は、「勝手にすればいい」である。

プリームスを救いに来た人間の言い様とは、とても思えない。

ハッキリ言って滅茶苦茶だ。


真面な駆け引きが可能な相手では無い・・・と漸く理解したモナクーシア。

『ならば撃退するしかあるまい!』

そう意を決し、アポラウシウスの動きを注視する。



今現在この祭壇の間は、モナクーシアの奥義"気塵空隙"の影響下なのだ。

これは空間に張り巡らせた極小の気を触覚のように使い、影響下の対象の動きを察知する技である。


その察知する速度は尋常では無かった。

何故なら脳が体へ行動指示を出す際に、僅かな電気信号を送るのだが、それを気塵空隙で一早く捉えてしまうからだ。


それは兆しを読むなどの、表面に現れる物を察知する訳では無い。

それ以前に対象の体内で起こる現象を感知し、その行動を事前に察知するのだ。


故に常識では考えられない反応速度で反撃を可能とする。

そして反撃された相手は、まるで全て見透かされた様な錯覚に陥り、最後には膝を屈するか命を失うのであった。



しかしアポラウシウスからは何も察知出来ない事に、モナクーシアは焦りを感じ始める。

距離にして既に10mを切り、魔法を使う様子も見られない。


『本当に素手で私に攻撃するつもりなのか?!』

と接近して来るアポラウシウスへ、モナクーシアは怪訝な視線を送った。


確かに素手ならば近付かねばならず、悠然と向かって来るアポラウシウスの行動は至極当然だ。

にしても只それだけとも考え難く、モナクーシアは魂胆が読めず不気味でならなかった。


『最大限に警戒すべきか・・・』

既に"気塵空隙"で最大の警戒はしていたが、更に奥の手である死炎掌を発動させた。



その刹那、アポラウシウスの影から漆黒の何かが飛び出し、凄まじい速度でモナクーシアを襲う。

それは初めて相対した際に、モナクーシアの魔法騎士2人を瞬時に拘束したものであった。


また鎖を模した魔法か技の様だが、気塵空隙で察知する事が出来なかった。



「む! やはりそれで来たか!」

直ぐさまモナクーシアは死炎掌で漆黒の鎖を弾き飛ばし、拘束の危機から脱する。


弾き返された鎖は、アポラウシウスの影に引き込まれて姿を消した。



「その妙な鎖で私を拘束し、零距離から素手で止めを刺すつもりだったのだな」

そう告げ、モナクーシアは死炎掌を目の前にかざし続けた。

「この死炎掌はあらゆる物を崩壊させ燃やし尽くす。つまりこれで触れられない物はないのだ。残念だったな・・・」



アポラウシウスは歩みを止め「フッ」と鼻で笑った後、言った。

「なるほど、気功と暗黒魔法の併用なら、私の束縛する者カウディベリオに対応出来ると判断した訳か・・・。だが、残念なのはどちらかな?」


次の瞬間、再びアポラウシウスの影から漆黒の鎖が放たれた。



「!!」

違和感を感じモナクーシアは死炎掌で受けるのでは無く、咄嗟に身を屈め"それ"を躱す。

頭上を通過した"それ"は、始めに放った漆黒の鎖と酷似していたが、先端の形状が違っていたのだ。



刃・・・黒光りする20cm程の鋭い刀身が、鎖の先に付いていた。

故に危険を感じ受け止めるのでは無く、モナクーシアは回避したのだった。



引き戻された"それ"は影に戻る事無く、アポラウシウスの傍に不気味に浮かび停止する。

まるで巨大な蛇が鎌首をもたげる様に・・・。



「見事な判断だ。初見で切り裂く者コルタールを避けた身のこなしは流石だね・・・。だがこれが何本も、そして数種に及べば対応出来まい?」

と楽しそうな声音で告げるアポラウシウス。



モナクーシアは決断した。

この死神アポラウシウスこそが、今直ぐに処理すべき危険対象であると。

それはモナクーシアが形振り構わず、全力で戦う事を意味していた。



ゴシャッ!



何かが踏み潰されるような音が、モナクーシアの居た場所からした。



アポラウシウスは目を見張る。

モナクーシアの凄まじい踏み込みが床の大理石を砕き、当の本人は姿をかき消していたのだ。


否・・・消えたのでは無い。

余りの速度で突進した為、アポラウシウスの視界からモナクーシアが消えた様に見えたのだった。



そしてアポラウシウスが気付いた時には、モナクーシアの姿は息遣いが聞こえる程の超至近に在った。



モナクーシアの右手が、アポラウシウスの鳩尾に翳される。



"爆炎撃ファイアエクスプロージョン"



無詠唱で放たれたモナクーシアの火炎魔法が、零距離でアポラウシウスを襲った。

それは最も瞬発力がある火炎系最強魔法で、その熱量は岩をも溶解し、爆圧はどれ程強固な物でも粉微塵にしていまう。


それをほぼ密着状態で受けたアポラウシウスが、只で済む訳が無い。

事実、アポラウシウスを中心に、祭壇の間の床や天井は崩壊してしまっていた。



辺りに散らばる大理石の破片、崩れ落ちる天井、そして焼け焦げる臭いと爆煙。

あらゆる物が視界を遮り、直ぐにはアポラウシウスの安否を確認する事が出来ない。



この有り様を目の当たりにしたフィートは愕然とする。

『あぁ・・・マスター・・・』

如何に最凶最悪のアポラウシウスでも、無事では済まない・・・いや、死んでしまったと思い至ったのだ。




瓦礫の落下と爆煙が治まり見通しが利いたその空間には、アポラウシウスの姿を見て取る事は出来なかった。




「・・・・どうやら消し飛んだようだな」

そうモナクーシアは疲れたように呟くと、プリームスが横たえられら祭壇へ向かう。



その時、突如プリームスを拘束していた神鉄鎖が切れた。

まるで爆ぜる様に、拘束していた全ての鎖が千切れたのだ。



「遅れて申し訳ありません・・・プリームス様」

プリームスの耳元で囁く様な声が・・・そう聞き覚えのある声が聞こえた。


「やれやれ、遅いぞテユーミア・・・」

驚愕するモナクーシアを余所に、プリームスは蒼白の表情で笑みを浮かべ言った。



迷彩処理を施したマントと気配を隠蔽する魔道具で、テユーミアは何時の間にか祭壇の間へ侵入し、プリームスの傍に来ていたのだった。

では共にプリームス救出に来ていたイリタビリスは・・・?



「隙だらけよ」

少女の声がモナクーシアの背後から聞こえた。



それがプリームスの身内である少女”イリタビリス”で有る事に気付くモナクーシア。

『私とした事が!』

戦闘後の気の緩みを突かれただけでなく、この状況を作り出した自身に舌打ちした。



奥義である”気塵空隙”は自身の気を空間に散布し、疑似的な結界を作り出す。

そしてその気を触覚として影響下の者の位置、行動を一早く察知するのだ。

しかし先ほど使用した爆炎撃ファイアエクスプロージョンで、モナクーシアの散布した気が拡散し消失してしまった。


故にテユーミアの動向と、イリタビリスの接近に気付かなかった訳である。



ゴッ!



震脚と共にイリタビリスの超高速の突きが、モナクーシアを背後から襲った。


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