第307話・虚構と信仰と忠誠

都市の中心街までは閑散とした田畑ばかりで、人も野良仕事をする者を数人見かけただけであった。

しかし神殿に近付くにつれ、高い建築技術を感じさせる木造建築や、忙しなく行き交う人々を見て取る事が出来た。



隔絶された地下世界で、ちゃんと人々が息づいているのにプリームスは安堵する。

だが口では言い表せない物を感じた。


『何か、普通の街とは違う・・・』

プリームスが感じた違和感は、後々になって判明する事となる。




ロンヒの馬に同乗しプリームスは神殿の前に到着すると、

「おお! 近くで見ると随分と迫力があるな」

素直に驚いてしまった。


厳密には神殿の入り口にある門なのだが、都市の外壁門よりも立派で巨大な2階建作りだったからだ。



ロンヒはプリームスを馬から降して言った。

「これは楼門ろうもんです。聖域の入り口だと考えて頂ければ宜しいでしょう」


聖域・・・それは神が祀られている場所であり、その神へ信徒が信仰を捧げる神聖な領域。

また、より信仰を深める為に儀式を行い、人々が目に見える信仰の対象として聖域が設けられる。


つまり、その中枢には神の依代とされる偶像が安置されている筈なのだ。



『ここを進んだ最奥にはスキアの神像があり、ひょっとすれば信託の棺もあるのかもな・・・』

正直、神を信奉していないプリームスにとって、聖域などどうでも良い事であった。

だが守り人一族の技術力を支えた信託の棺は別である。


プリームスは気になり確かめたかったが、それをロンヒに尋ねて警戒されても困る。

そもそもオリゴロゴスから話の流れで得た情報で、本来は守り人一族の最重要機密に違い無いのだから。


『まぁこっそり解析アナライズ千里眼アルゴスで場所だけでも確認は出来るかな』

などと諦めの悪いプリームスは、ほくそ笑み画策する。



そんな事をプリームスが企んでいるとは露知らず、ロンヒはプリームスとイリタビリスを連れ立って楼門を抜けた。

一方、共に来ていた他の騎士はロンヒから剣を預かると、その場から動かなくなってしまう。


「あら? 他の騎士の方は随行されないのですか?」

と他所行き口調で、イリタビリスがロンヒの背中に声をかけた。


ロンヒは僅かだけ振り返り、

「彼らは神職では無いですから。それに聖域には刃物を持ち込めない決まりがあるので・・・」

そう答え2人を案内するように先を歩き出す。


オリゴロゴスの教育の賜物?なのか、それとも小さい頃から両親に躾けられたのか?

どちらにしろ何時ものイリタビリスらしからぬ振る舞いで、笑いが込み上げてしまうプリームス。


そして何とか堪え、プリームスも浮かんだ疑問をロンヒに投げかけた。

「だが有事の場合はどうするのだね? 都市内も絶対に安全とは言い切れんだろうに」



ロンヒは立ち止まり、ニヤリと笑みを見せて右手を掲げた。

すると突如、その右手に青白く鈍い光を放った光剣が現れたのだった。



「魔力の剣か・・・自身の魔力による持続時間の制限はあるが、殺傷力は実剣を凌ぐな」

と呟くプリームス。



少し驚いた表情をロンヒは浮かべたが、直ぐに真顔に戻り告げる。

「これは魔法騎士の奥の手の一つですが、プリームス殿は知っておられたか・・・流石ですな。ならば理解出来ますな? 何か有れば"これ"が可能な騎士がここに雪崩れ込む訳ですよ」


それから魔力の剣を消すと、腰の辺りから何やら筒状の物を取り出した。

「ですが基本的にそこまではしません。これが有れば十分ですからね」

そう言ってロンヒは筒状の物をグッと握った。



ガシャッ!!

と派手な音を立てて、その筒状の物は長さが1.5m程の杖に変化したのだった。



これにはイリタビリスが随分と驚き、興味を示す。

「わぁ~! 隠し戦杖ですか?!」



イリタビリスの反応に気を良くしたロンヒは、饒舌になり訊いてもいない事を話してくれた。

「その通りです。刃物は禁じられていますが、こう言った杖や槌などの鈍器の使用は認められているのです。要するに流血による殺生が御法度なのですが・・・まぁさっきの魔力の剣は有事の例外と言う事で・・・」



ここでは常識的な事でも、プリームスやイリタビリスからすれば物珍しく見えてしまう。

またそう言った2人の反応を目の当りにしたロンヒも、この状況が新鮮に感じ楽しくなっていた。

100年間も隔絶された地下世界では娯楽などにも乏しく、仕方の無い事なのかもしれないが、ロンヒの行動と発言は余りにも軽率と言わざるを得ない。



そんなロンヒを利用し情報を引き出そうかと思ったプリームスだが、彼は急に険しい表情になり独り言のように言った。

「残念な事ですが、以前1度だけこの聖域が汚された事が有ったのです・・・」



それがオリゴロゴスの事だと直ぐに察したプリームスはイリタビリスへ目配せをし、自身の唇に人差し指を縦に添える。

”余計な口出しはするな”と暗に指示をしたのだった。

理由はイリタビリスがオリゴロゴスの弟子であり、何かの拍子でボロが出るのを危惧したのだ。



イリタビリスはスッとプリームスの後ろへ控える様に下がり、まるで長年の主従関係が成せる業を思わせる。

『こ奴、中々に察しが良いし機転も利く・・・これならスキエンティア達とも上手くやって行けそうだな』

そう場違いな事を考えるプリームス。



そうこうしている内にロンヒが勝手に喋り出した。

「プリームス殿が既に会われたオリゴロゴス大僧正が、次元断絶の直後に武装蜂起したのです。この地下大空洞の実権を握る為に・・・。そして中枢である神殿が戦場となり、多くの血が流れてしまった」


またロンヒは戦杖を見つめると、

「ですから我々は神域を汚さぬ為にも自身を戒め、再び惨事が起こらぬ様に務めているのですよ・・・」

そう神妙な面持ちで告げる。



ロンヒの言い様には、事に対しての誠実さと誇りを含んでおり、忠誠と信仰がスキア神へ注がれている様にプリームスは感じる。

つまりオリゴロゴスの語った内容とは食い違うが、ロンヒは嘘を付いていないと判断出来た。



『100年近い時の流れは、真実を歪めてしまうものなのだろう。いや、この場合は勝者こそが真実と言うべきか・・・モナクーシアが自身の都合が良い様に真実を変えてしまったのだな』

予想はしていたが、思った以上に両者へ根付いた遺恨は深いようで、プリームスは思わず溜息が漏れた。


更に危惧される事が脳裏を過る。

これから会うモナクーシアが、プリームスの申し出を拒否したら”どうなる”のか・・・。


そうなれば、全員を救えないのは明白であった。


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