第295話・起動支柱(2)

プリームスがイリタビリスに手渡したのは、飛行の指輪と言った。

書いて字の如く、効果を直に名称にした分かり易い魔道具である。

勿論、飛行を可能とする魔法が付加されており、更に浮遊魔法も使用する事も出来る。


そしてこの魔道具は最近になってプリームスが作った物で、こちらの世界の魔法を基準にしていた。

何故そうしたかと言うと、以前プリームスが居た世界と魔法の機構は同じようだが、魔法名称が違っていたり、効果は同じでも発動手順が少し違っていたりするのであった。

そこでプリームスは実験を兼ねて実用性のある魔道具を作成したのだ。



プリームスが居た魔界マギア・エザフォスでは飛行魔法ウォラートゥスで、こちらでは飛行ペタグマー

そして浮遊魔法プレーオで、こちらでは浮遊エオリシーなのだ。



効果のほどは全く同じであり、名称が違うだけと言える。

正直な所、魔法の名称など発動させる為の”鍵”なだけで、何でも良いのである。

しかし簡単に口走ってしまえるような名称では、ウッカリ発動させてしまう可能性がある為に、安全を考慮して一般言語とは異なる魔法語などを使用するのだ。


また魔法語には所謂いわゆる言霊の様な力があり、その文字や単語の発声に魔力を伴う。

これにより魔法を顕現化し易い状況を作り、最終的に必要量の魔力を意識的に込めて魔法を発動させる訳だ。



『私が使う魔法は、個々が独立して存在して居る様な印象だ。だがこの世界では系統化された中の1つ・・・と言った感じだな。つまり浮遊エリシオー飛行ペタグマーは同じ系統であり、同じ発動機構を共有している。難度は飛行ペタグマーの方が遥かに高いが、浮遊エリシオーを習得していたならいずれ使えるようになる道理か・・・』


逆にプリームスが使う魔法は、1つ習得したからと言って似たような魔法が、その内使えるようになる訳では無かった。

理由は浮遊魔法プリーオ飛行魔法ウォラートゥスが、全く違う魔法機構を有しているからであった。


この事からこの世界は、ある意味魔法への研究が進んでいると言えた。

魔法への卓越した才や技術が根底に無い為に、少しでも楽に魔法を顕現化させる方法を、”同一系統”、”同一機構”と言う形で簡略化したのである。



『実に面白いな・・・まだまだ研究の余地はありそうだ』

などとプリームスが思考の沼に浸かっていると、心配そうにイリタビリスが抱き着いて来た。

「プリームス~、どうしちゃったの? さっきから黙り込んじゃって・・・」



「あぁ・・・すまん、その指輪の使い方と安全性について話すんだったな。先ず使い方だが、浮遊エオリシーと唱え自分が浮かび上がるのを想像して欲しい、そうすれば本当に浮かび上がる」

プリームスにそう言われ、イリタビリスは素直に従った。



「え~と・・・浮遊エオリシー!」

何故か目をつむって力みながら唱えるイリタビリス。

全く魔法の予備知識が無く、拙い所が何とも初心で可愛らしい。



すると直ぐに指輪の効果が現れ、イリタビリスは10cmほど宙に浮いた。

「おおおぉ!!?」

と驚くイリラビリスだが、空中にいるのにも拘わらず体勢を崩さずに正中線を保ったままだ。

流石、表・真人流の後継者と言ったところだろう。



浮遊エオリシーは自身が元居た高さを基準に1mまで上昇する事が出来る。だが基本的にそれ以上宙へ浮く事は出来ない。ただ、下への下降には重宝するのだが、理由は分かるかね?」


プリームスにそう問われてイリタビリスは少し考え、

「ひょっとして落ちる速さを変えれるとか?」

そう直ぐに答えた。


思った以上にイリタビリスの思考回転が速くてプリームスは嬉しくなる。

「その通りだ」



苦手な事は有るだろうが馬鹿と言う訳でも無く、どちらかと言うとイリタビリスは聡い方かもしれない。

収納魔道具の使い方を教えた時は少し苦労したが、それは全く馴染みが無い物に触れたからだろう。

しかしそれが皮切りに今の状態があり、魔道具に慣れだしたのだとプリームスは推測した。


「指輪の魔法を使用中は意識と同調しているゆえ、浮遊状態の停止維持と、地面までの自由落下の速度を意図的に操作できる。更に浮遊エオリシーは魔力消費が非常に少ないのでな、安心して使える」



プリームスにそう説明され、何か思いついたのか楽しそうにイリタビリスは語り出した。

「じゃぁ飛行魔法使ってる時に指輪の魔力が切れかけたら、直ぐに浮遊エオリシーに切り替えればいいんだね!」



「おお! 良く分かったな。浮遊と飛行の魔法を1つの魔道具に付加してあるのは、そう言った安全の為だ・・・良く出来ました」

と言ってプリームスがニッコリ微笑むと、よっぽど嬉しかったのかイリタビリスは口付けをしようとする。


だが浮遊魔法中はその場から移動出来ない為、じたばたと藻掻いた挙句に身体が上下に半回転してしまい、イリタビリスは逆立ちの状態になってしまった。

「え!? あれれ?」



プリームスは優しくイリタビリスの背に手を添えて、身体を元の位置に戻す。

「フフフ・・・浮遊は身体の中心を起点に浮力がかかる。つまり足の裏に浮き上がる力がかかっているのでは無いからね、今の様に手足が虚空を泳いでしまうんだよ」



浮遊を解除したのかイリタビリスは両足を地面に下ろすと、

「足が地面に付いて無いのは、あたしの場合凄く不安になるよ・・・。でも大体の使い方は分かった~、もう失敗しないから!」

そう少し照れた様子でプリームスへ告げた。

畑違いの魔道具操作とは言え、武術家であるのに無様な体勢を見せたのが恥ずかしかったのかもしれない。



こうして次の段階である飛行ペタグマーの使い方をイリタビリスへ教えるのだが、苦労すると思いきや意外にすんなりと体得してしまう。

実際、自身の魔力や発動機構の操作をする訳では無いので、飽く迄”道具の扱い”としての物覚えは早いようである。


『イリタビリスは出会って間もない故、色々と未知数な所があって面白いな』

ほくそ笑むプリームスだが・・・身内の事が御座なりなのを思い出す。

よくよく考えればフィエルテの潜在的な能力を見て、修行を付けた以外は殆ど何もやっていない。


アグノスやテユーミアなど、どの程度の魔法が使えて何が得意なのかも良く分かっていないのだ。

『その内、2人の実力を詳しく見てやらねばならんな・・・。って、その前にイリタビリスの実力を見なくては・・・』



予定では起動支柱の調査後に、都市部へ乗り込むつもりでいたプリームス。

そうなると荒事になる可能性もあり、イリタビリスの武力の如何も重要になって来る。


『まぁ取りあえずは先に起動支柱だな・・・』

プリームスは自身が失念していた事を棚に上げ、イリタビリスに抱き着くのであった。


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