第259話・次元断絶を越えて(2)

シュネイは100年もの間、次元断絶を越える手段を模索し続けた。

民と愛する剣聖インシオンを救う為に。


始めの30年は手がかりを探し、次の20年は見つけた手段の研究に没頭した。

そして更に50年もの時間を費やし、人程度の大きさがある生物を転送する事に成功したのだった。


シュネイの強い想い、執念がここまでの結果を導いたのだろう。



「実際の方法は、どうするのだ?」

そうプリームスがシュネイに尋ねた。


するとシュネイは水瓶を指し端的に答える。

「この水瓶へ身を投じて頂き、私が消失アパガルをかけますので、それで終了です」



少し驚いたようにアグノスが言った。

「え?! それだけですか?」


頷くシュネイ。

「それだけです」


100年もかけて研究した結果が、そんな単純な方法だとはアグノスも思わなかったのだ。

それを察したシュネイは苦笑いしながら補足する。

「方法は単純ですが、消失アパガルを人に掛けるのです。それは非常に高度で魔法操作が難しいのですよ。失敗すれば全く効果を発動させませんし・・・」



そう聞かされては余計に心配になるアグノス。

「え・・・本当に大丈夫なのですか? 人を情報体にして物理的に干渉出来なくするのは良いとして、危険では?」


アグノスの心配は当然の事である。

人を見えない様に”見せかける”幻術魔法は存在するが、人を情報体にするなど聞いた事も無く、元に戻るのか?、生命の危険は無いのか?、と言った不安が湧き起こっても仕方ないのだ。



「それに関しては幾度も試行回数を重ね、生命に対しての危険性は無いと結果が出ました。でなければプリームス様にお願いなど致しませんよ」

シュネイは安心させるように笑顔で答えた。



「そうなのですか・・・では後は戻りの心配だけになりますね・・・」

行きの不安が解消されたのは良いが、今度は別の不安をアグノスは口にする。

これもまた当然の危惧であった。

シュネイは行きの方法を提示していても、帰りに関しては何も触れていないからだ。


そして100年もの間、シュネイが自ら次元断絶を越えて民と剣聖を救いに行かなかったのは、戻る方法が無かったからだろう。

またそれを踏まえれば、民と剣聖を連れて戻る方法はプリームスに丸投げと言う事になる。



心配そうな表情でプリームスを見るアグノス。

そんなアグノスに苦笑いを浮かべながらプリームスは言った。

「フフフ・・・心配いらん。まぁ次元断絶の仕組みを少し調べる必要はあるが、帰りに関しては問題ないだろう。民も剣聖も含めて全員こちらへ送り届けよう」


プリームスからそう聞いてホッとアグノスは胸を撫で下ろした。



だがプリームスは、シュネイが次元断絶を跨いでの行き帰りは不可能ではないと考えていた。

ゴーレムと水瓶は構造と使用目的自体は違うものの、情報の送受信は可能であるのだ。

つまりそれは基本的な機構は同じものである事を示す。

因って同じ方法で、人間をゴーレムから水瓶へ転送が出来る筈なのだ。



しかしシュネイは自ら次元断絶を越える事無く、プリームスの様な超絶者を待ち続けてきた。

では何故、待つことを選んだのか?


『恐らく向こうで生き残っている民を、全員連れ戻す程の魔力が足らないと考えたのだろう。それに自ら行けば、愛する剣聖だけを助けようとしてしまう・・・そんな自分が嫌だったのかもしれないな』

シュネイの葛藤が洞察出来てしまい、プリームスはこの件に関して触れない事にした。




シュネイはプリームスの前に跪くと言った。

「プリームス様、私の願いを聞き届けて下さって、真に有難う御座います。この御恩は我が身と、一族全てを以ってお返しする所存です。ですから必ず無事にお帰り下さい・・・・」



プリームスは苦笑いをして、

「分かった分かった・・・そんな改まるでない。こっちまで畏まって肩が凝りそうだ。それよりも私が向こうへ言った後、私の身内がこの迷宮に来るやもしれん。その時は諍いになるような事は絶対に避けよ。怒らせたら死人が出るゆえな・・・」

そう告げシュネイへ立ちあがる様に促した。



シュネイは立ち上がると、わざとらしく驚いた様子を見せる。

「それはそれは、とても恐ろしい方なのですね・・・・確かスキエンティア様と申されましたか・・・」



面白く無さそうにプリームスは言った。

「何だ、知っていたのか。どうせエスティーギア辺りからの情報なのだろうが・・・・。兎に角だ、あれを怒らせんように。それさえ気を付けるなら他の対応はシュネイに任せる」



了承したように恭しく首を垂れるシュネイ。

そんな2人の会話を余所に、フィートが水瓶を見つめながら呟いた。

「ひょっとして、この水瓶に身を浸すのでしょうか? それでしたらずぶ濡れになってしまいますね・・・。それにこれで次元断絶を越えたとしても、指定した場所へ転送されるのか心配なのですが」



すると失念していたかのようにシュネイは、

「あ・・・・確かにお身体を濡らしてしまいますね。申し訳ありません・・・・」

などと答えるが、重要な論点はそこでは無いだろう・・・とプリームスは突っ込みたくなった。



「で、実際はどうなのですか? 私達が皆、バラバラに転送されては従者としての務めが果たせません」

突っ込みを入れずに冷静に問い質したのは、テユーミアだ。

しかしながらプリームスからすれば、テユーミアも論点がズレていた。



「あ・・・・テユーミアの言う心配は当然ですね。え~と、答えは否です・・・残念ながら指定したゴーレムへの転送は確実では無いのです」

シュネイは申し訳なさそうにテユーミアへそう答える。



シュネイ曰く、基本的な視覚情報のやり取りは、対になっているゴーレムと水瓶が行うが、こと転送に至っては現存している25基のゴーレム内、どれに送られるかは分からないらしい。


恐らくは、ゴーレム同士も魔法的な何らかの繋がりがある為だろう。

また本来であれば視覚情報をゴーレムから一方的に送信する仕組みになっている所を、逆に水瓶から送る訳である。

そう言った齟齬が出るのは仕方ないのかもしれない。



プリームスは溜息をつきながら、一同へ言った。

「はぁ・・・・問題はそこじゃない。お前達も私と付いて来るというのか? テユーミアが付いて来るのは分からんでもないが、アグノスとその上フィートまで来るとは・・・・身の安全は保障出来んぞ」



そうするとアグノスとフィートは、何を今更といった表情を浮かべるのであった。

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