第207話・いざ古代迷宮へ(2)

古代迷宮の秘匿された真実をこの場で語るには、聞かれては不都合な人間が1名いた。

以前はクシフォスの舎人で、今はノイモン宰相の舎人をしているフィートである。

そして今現在はノイモンの命令によりプリームスに仕えている。



フィートを使ってプリームスの情報を得ようと言う算段に思えるが、そのノイモンの背後に隣国の影が見え隠れしているのだ。

つまり間者の可能性が高いフィートの前で話すには憚られるのだった。



しかしこのまま何も知らせずに迷宮の深部まで連れて行けば、結局その真実を知る事になるのだ。

ならばここでフィートのみを帰せば解決しそうなのだが、何故かプリームスはそれをしない。


テユーミアは敢えて進言した。

「フィートを連れて来るべきでは無かったのでは? 今ならまだ間に合いますよ」

暗に帰せと言っているのだ。



しかしプリームスはニヤリと笑むと、やんわりと拒絶する。

「いや、こういった者を飼うのも一興だ。それに”どう繋がっているのか”も興味がある」


そうしてフィートを見据えると静かに告げた。

「フィート、ひょっとすれば気付いているかもしれんが、お前は間者の疑いがかけられている。それゆえにここから先へ進むには、お前の存在が問題になるのだ・・・分かるかね?」



そうプリームスに告げられフィートは逡巡する様子を見せた。

どう対応すべきか考えあぐねているのだ。

更にいつも表情を変えないフィートだが、今回ばかりは焦りの表情を浮かべている。


『本当に交渉事や駆け引きが向かない奴だな・・・よくこれで間者の使命を受けれたものだ』

プリームスはそのフィートの様子を見てほくそ笑む。

いつも無表情なフィートが本当に焦った時には、こうやって面に出してしまうからだ。



「私をどうするおつもりで?」

とフィートは一言だけ言った。

その言い様は最早自分が間者だと答えている様な物であった。



フィートの目の前までプリームスは歩み寄り、

「今ここで可能な限り尋問する。そして疑いが晴れたなら、お前に迷宮の秘匿事項を話しこのまま連れて行く。だが間者である事が確定したならここで粛清か、魔術による何らかの制約をかけこのまま連れて行く」

と、その目を射貫くように冷たく言い放った。



明らかに怯えた様子を見せるフィート。

「ま、魔術に因る制約・・・ですか・・・」



この反応に何か引っかかる物をプリームスは感じた。

『まぁそれも尋問すれば分かる事か・・・』

「私から逃げおおせると思うな、正直に答えよ。お前は隣国セルウスレーグヌムの間者だな?」


この問いにフィートは身体を強張らせる。

そして顔色は蒼白になり脂汗が流れ、明らかに何かに怯え苦しんでいる様に見えた。

また何かを伝えようとしているのか、言葉にならない声を漏らす。

「うぅ、あぅ・・・・」



次の瞬間、フィートの膝から力が抜け垂直に倒れ込みそうになる。

「おっとっ!」

直ぐに反応したプリームスはフィートを抱き留め、石畳に身を打ち付けずに済んだ。



慌てて駆け寄るアグノスとテユーミア。

突然のフィートの異変に2人共驚きを隠せない。

だがプリームスだけがフィートのこの状態にある確信を得ていた。

『何ともむごい事をする・・・しかし手段としては定石でもある。この世界にも”制約”が存在していたか・・・・』



今にも気を失いそうな状態のフィート。

息は絶え絶えでこれ以上の刺激は誰が見ても危険に感じた。

アグノスはこの状況に心配しつつも訝しみ、プリームスに視線を投げかける。


するとプリームスはゆっくりとフィートを床に横たえ膝枕をしてやった後、徐に言った。

「これは恐らく”制約”の魔法を掛けられているな」



魔法としては聞き慣れない言葉にアグノスは首を傾げた。

「制約・・・ですか?」



苦しそうに瞳を閉じるフィートの頭を優しく撫でながら、プリームスは続ける。

「うむ、非常に高度な魔法で呪いの分類に属する。本来は咎人に使う物で、対象へ制約を課し行動を制限する。ここで重要な事は、課せられた制約に対して背くような行動や、外部からそれを促すような刺激が有れば呪いが発動すると言う点だな・・・」



フィートの傍に屈み込み顔をしかめるアグノス。

「つまりそれって、もし制約に違反したら死ぬように仕込まれていたら・・・」


プリームスは頷いた。

「死んでしまうだろうな・・・。何にしろフィートのこの状況は”死”に直結する制約の強度に見えるゆえ、これで間者の疑惑は確定したと考えるべきだな」



テユーミアも心配そうにフィートの傍に屈み込む。

「プリームス様、どう致しますか? このままフィートを帰すのは問題がありますし、かといって迷宮の深部に連れて行くのもどうかと思われますが・・・」



少し状態が落ち着いて来たフィートを擦りつつ、プリームスは笑みをテユーミアへ向けて言った。

「さっき言ったであろう? こう言った者を飼うのも一興と。それに誰の差し金で”どう繋がっているか”も確認していないしな・・・・このまま連れていくさ」



諦めた様子で立ち上がるテユーミア。

「左様ですか・・・では何か魔法を施すのですか?」



「いや、"制約"に対して更に"制約"の魔法を上掛けするのは危険だからな、何もしない。ところでセルウスレーグヌムの宰相は魔術が得意なのか?」

と急に話の方向を変えられて戸惑うテユーミアだが、直ぐに知っている事を答えた。


「そんな話は聞いた事はありませんね。生粋の文官上がりだった筈で武芸も魔術も不得意だと聞き及びます」



プリームスはそれを聞いて思案する様子を見せ、

「ふむ、それが真実ならばフィートを操っているのはアポラウシウス辺りになるか・・・」

と独り言のように呟いた。


そしてフィートの頭を撫でながら優しく告げる。

「もうお前を追い詰める様な事はせぬゆえ心配するな。今まで通り私に仕え、お前らしく振る舞うがよい」




こうしてフィートに対する扱いは現状維持となり、アグノスと共に迷宮の秘匿事項を聞く事となる。


だがテユーミアは納得がいかなかった。

フィートへの対応はとても最善な手には思えないからだ。

またプリームスに何か考えがあるのは確かである為、正面きって異議を唱える事も難しい。



そしてふとテユーミアは思い至る。

フィートは地味であるが、それなりに美しい様相をしているのでプリームスに気に入られたのではないか?


プリームスが自分と同じ性向を持つと思われるだけに、その気持ちが他者に向く事が不快に感じてしまう。

いわゆるテユーミアの嫉妬であった。


更に、こうも思うのである。

『私でさえこんな気持ちになるのに、身内であるアグノスはさぞ内心穏やかでは居られないでしょうね・・・』


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