第206話・いざ古代迷宮へ(1)

プリームスはクシフォス邸で昼食を御馳走になったが、思わぬ道草をしてしまい時刻は既に午後の5時になっていた。

もうすぐ日が暮れてしまう頃である。



そんな時刻になって漸く当所の目的地である”エスプランドルの古代迷宮”前に到着する。

面子はプリームスの他に侍女扱いのアグノス、従者扱いのフィート、そして迷宮の案内役であるテユーミアの4人であった。

しかし全員か弱そうな妙齢の女性で、とても迷宮に潜るような恰好をしていない。



プリームスはと言うと、ひらひらした葡萄酒色のワンピースドレスだ。

アグノスはまんま侍女の恰好で、荒事には向かない様相である。

フィートは地味な深緑色の文官制服でスカート姿だ。

しかし黒いタイツで生足を隠している為、全く色気が無く機能重視であった。


そしてテユーミアはプリームスと同じ方向性ではあるが、随分と珍しい恰好をしている。

それは髪色に合わせた濃い藍色のドレスであるが、実に体の線を強調する様な意匠なのだ。

露出は基本的に肩から腕のみで、スカートの裾は一般的なドレスとは違い膨らみが無く真っ直ぐ下に降りている。

だが腰の辺りまで入った切れ込みがチラチラと生脚を見せ非常に艶めかしい。



その様相を珍しそうにプリームスが見るものだから、

「これは遥か西の島国にある民族衣装です。変わったドレスですがこれでも戦闘用で”武闘着”と言われるものなんですよ」

とテユーミアが少し恥ずかしそうに説明をした。



「なるほど、だから足元はブーツなのだな」

と納得のプリームスは興味津々である。

民族衣装と言えば他文化を知る良い題材だからだ。


しかもプリームスが好きそうな衣装であり、興味を惹く為にテユーミアは武闘着を選んだに違いなかった。

足元は踝が隠れる程度の短いブーツで、意外に武闘着との違和感が無い。

服色に合わせて濃い藍色にしているのも理由であろう。



「迷宮は広大ですから結構な距離を歩きます。それに戦闘も考慮すれば歩きやすいブーツが無難ですからね」

と言うテユーミアは、プリームスへ迷宮に合わない見た目重視の靴を履かせているのだから、何とも自分勝手な事ではある。



「私もその武闘着やらを一着欲しいな。今度見繕ってくれぬか?」

興味を示し、そう告げたプリームスにテユーミアはほくそ笑む。

この状況はテユーミアの狙い通りだからだ。


『フフフ・・・魅惑的で扇情的で尚且つ"実用的"な物を用意致しましょう』

と欲望丸出しな事を思いつつも無難に答えるテユーミア。

「お任せ下さい。お似合いの物をご用意致しましょう」



「うむ、それにしても・・・・この外観は迷宮の入り口と言うより要塞だな・・・」

目の前の施設を見てプリームスは意外そうに呟いた。



プリームス達4人の眼前にあるのは、頑丈な花崗岩で建てられた要塞然とした構造物であった。

大きさは正に要塞ほども有りそうで、まるで外敵からの侵入を拒むかのように見えた。

また周囲は同じ花崗岩の石畳が敷かれており、何も無くだだっ広い。

更にその石畳の敷地を囲む様に、高さ3m程の石壁が設置されている。



そしてこの巨大な建造物の中央に、鉄で出来たこれもまた巨大な扉が付いている。

正直、扉と言うより王城などの強固な門に見えた。



「父の代で迷宮の入り口を強固に作り替えたとの事です。それから正面門は規模の大きい大隊級が迷宮に降りる場合に使うらしいです。また傭兵や冒険者が数名で入る場合は、門の直ぐ横にある通用口を使いますね」

とアグノスが説明をしてくれた。


入り口の傍には平屋の詰め所の様な簡素な建物が存在する。

プリームスが窓から中を覗くと、軽装の衛兵が数人見て取れた。

「彼らは、ひょっとして迷宮の出入りする人間を管理しているのかな?」



そうプリームスが尋ねるとアグノスは頷いた。

「はい、腕試しや調査、それに”一般的”に見れば金品も迷宮には存在するのでそれ目当ての傭兵がよく出入りしているのですが・・・、それで事故や遭難を考慮して迷宮に潜った者の名簿を残し管理しています。あと、この迷宮は学園が管理する国有地ですので、名簿を付ける事で他国の干渉を抑制するのが目的だとも母から聞きました」



「なるほど・・・」

守り人の一族は、この地を治める時の権力と手を結んできたのだ。

故に他の国の干渉は火種の元と言う事なのだろう。



詰所の衛兵が気付き慌てて出て来ようとしたが、それを手で制するテユーミア。

そしてそのまま迷宮の通用口まで移動すると、懐から鍵を取り出し扉を開けてしまった。

「さぁ参りましょうか」

そう言ってテユーミアは扉を支え、プリームス達を中へ誘う。



まるで何かの建屋か要塞の様なものの中に入ると、何も無い空間になっていて中央に大きな下へ降りる階段が口を開けていた。


「厳重な建物で囲っている割には、迷宮の入り口は普通だな・・・」

少し残念そうにプリームスは言う。


テユーミアは苦笑いを返し、

「仕方ありませんよ、本来は通常の迷宮として一般に公開されているのですから」

と告げた後、ソッとプリームスの耳に囁いた。

「ですがこの建屋が物語る様に、魔神から人類を守る砦でもあるのです。悪戯に藪を突かぬよう出入の管理はしておきませんとね」



しかしながら迷宮に入って出てくる場合はどうするのか?

出て来たのは良いが門が閉じて出られないのだから、ここで行き倒れてしまう可能性もある。

それを察したテユーミアが、通用口を指して告げた。

「あの鐘を鳴らすと、外の詰め所に伝わり通用口を開けて貰える仕組みになっていますよ」


プリームスが振り返ると、通用口の上に大きな鐘が吊り下げられていた。

「フフ、なら私達が戻った時も大丈夫だな。最悪の場合、壁を破壊して出ようかと考えてしまったぞ」



先程からプリームスとテユーミアの距離が近い事に、アグノスが機嫌を悪くし出す。

「今日会ったばかりだと言うのに、随分と仲の宜しい事で」



これには少し困ってしまうプリームス。

確かにテユーミアとは仲良くはなったが、今回の迷宮の件での案内役に過ぎない。

それに対してアグノスは大事な”身内”で、比べようが無いと言う物だ。

だがそれを口に出せば、今度はテユーミアが拗ねそうでプリームスは頭を抱える。



『どのみち共に迷宮最下層を目指すのだ、秘匿された真実をアグノスにも伝えておいた方が良いだろうな・・・』

そう思ったプリームスはテユーミアへ目配せをした。


するとテユーミアは察したように言った。

「私はプリームス様を信用して真実を告げました。ですからプリームス様が信用する相手で”伝えたい”なら良いではないでしょうか?」



「そうだな・・・」

そう呟きプリームスはアグノスを抱き寄せた。

突然触れられて驚くアグノスだが、愛しいプリームスに構って貰って嬉しそうである。



「アグノス、お前にこの迷宮の真実を伝えておこうと思う。ただそれを知れば不安に苛まれる事になるやもしれない・・・。だがどのみち共に迷宮の最深部へ向かえば、私の成そうとしている事にアグノスも巻き込まれてしまうゆえな。やはり伝えるべきだと思い至った」



そうプリームスに告げられアグノスは目を丸くしたが、

「私はプリームス様に全てを捧げておりますから、もし命の危険が迫っても覚悟はできております。それに必ず私を守って頂けるのでしょう?」

とあっけらかんと言い放った。


潔いアグノスにプリームスは笑みが込み上がる。

「フフフ・・・流石、私の身内になるだけの事はある」


しかし再び困った表情をプリームスは浮かべると、フィートへ視線を向けた。

「身内でも当事者でもない者が約1名いるのだ。彼女をどうするかだな・・・」


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