第197話・昼食と豪拳(3)
フィートが突然”豪拳テユミディアミアディスなどと言い出した。
物凄く言い難い名称である。
「何だそれは?」
と首を傾げるプリームス。
「先の南方戦争で古代迷宮の魔女と共に名を馳せた武人です。その膂力は2mを越える大男を片手で軽々と持ち上げ、砦の分厚い鉄門をその拳で簡単に打ち破ったと言われています」
そうフィートは抑揚のない口調で告げた。
するとアグノスもニヤニヤした顔で続く。
「その豪拳テユミディアミアディスは、テユーミア伯母様の事ですわ。こんな細くて女性らしい人が怪力武人なんて信じられませんよね」
「怪力武人なんて酷い言われよう・・・でも細くて女性らしいが付くから許してあげましょう」
テユーミアは半分揶揄されているのに嬉しそうだ。
そしてプリームスへ笑顔を向けて言った。
「因みに今の"テユーミア"は略名なのです。地上に上がってからは皆さん呼び難いようで・・・いつの間にか略名が定着してしまいました」
『"地上に上がってから"?』
プリームスはテユーミアの言葉が引っ掛かった。
まるで地上では無い別の場所で生活していた様な言い方だからだ。
それにテユーミアが女の身で在りながら、男顔負けの膂力を持つ事も気になる。
プリームスとしては是非とも仕組みを聞きたい所だ。
「クシフォス殿の奥方は本当に興味深いな。差し支え無ければ色々聞かせて貰えたら嬉しいのだが・・・」
そうプリームスが真横の席についているテユーミアへ告げると、ニッコリ微笑み返してきた。
その刹那、プリームスの太腿に何か冷たい物が滴るのを感じる。
テユーミアが持つワイングラスが傾けられ、その中身がプリームスのドレスの裾と太腿を濡らしていたのだ。
それは明らかに故意であるが、
「あらっ! 私とした事が粗相をしてしまいましたね。プリームス様のお召し物を汚してしまいました・・・。直ぐに着替えを用意しますので別室に参りましょうか」
などとテユーミアは言い出し立ち上がる。
『これ以上を話すには2人きりでないと駄目と言う事か・・・』
「クシフォス殿、着替えて来るゆえアグノスとフィートの相手を頼む」
そう言いプリームスも席から立ち上がった。
桃色のワンピースドレスが真紅のワインで部分的に彩られ、まるで鮮血のように見える。
そんなプリームスの姿を見てクシフォスは、
「う~む、妻が粗相をして申し訳ない・・・。流石にそのままでは様相が強烈過ぎるからな、早々に着替えてくるといい」
と言った後、何食わぬ顔でそっぽを向き続けた。
「”多少時間がかかっても”こちらの方は気遣い無用だ。新設された魔術師ギルドの経過もアグノス姫から聞いておきたいしな」
どうやらこのテユーミアの手法はよく使われる物らしい。
それを知っているクシフォス故に、テユーミアとは阿吽の呼吸なのだろう。
またほぼ間者確定と疑われているフィートが居るのだ、テユーミアの武力に関する情報を漏らしたくは無いからとも理解出来た。
そうしてプリームスはテユーミアに連れられて食堂を後にしてしまう。
突然の展開にアグノスは暫く呆然としていたが、我に返ると半ば叫ぶように言った。
「あああ!! 叔母様にしてやられました!!」
そんなアグノスを首を傾げて見つめるフィート。
「如何なさいましたか?」
憤懣遣る方無しといった様子でアグノスは席を立ちあがり拳を握り締める。
「如何も何もありませんわ! テユーミア叔母様はプリームス様と同じく可愛い女子が大好きで、ああやっては度々連れ込むんです! あぁ~どうしましょう・・・プリームス様・・・」
苦笑するクシフォス。
「心配には及ばんと思うがな・・・。テユーミアの武力に関しては”一族”やこの国の軍部にとっても最高機密の1つだ。プリームス殿を信用して
それを聞いて少し驚いた表情を見せるアグノス。
「え? クシフォス様も知らされていない事が有るのですか?」
「勿論ある。古代迷宮に関して世間が知っている事は1、2割。俺の様に国の中枢に居る者で5割と言った所か・・・。全てを知っているのは国王陛下ぐらいだろうよ」
と言ってクシフォスはグラスに満たされたワインを一気に呷った。
そして不満そうに「フゥー・・・」と溜息をつく。
王国の片翼で武神と呼ばれるクシフォスが知らされていない機密に、クシフォス自身も納得がいかないのだろう。
アグノスは諦めたように席に座り直すと独り言のように呟いた。
「そうなんですか・・・ですが何故秘匿する必要があるのでしょう・・・。混沌の森に匹敵する英知や財宝でも古代迷宮に眠っているとでもいうのでしょうか? それとも何か危険な物でも・・・・」
するとクシフォスも思わせぶりに呟き返した。
「俺は後者の様な気がするがな・・・・」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
プリームスはテユーミアに連れられ屋敷の3階にある一室にやって来る。
どうやらここはテユーミアの寝室のようであった。
しかも侍女などは一人も付いて来ておらず、プリームスは何か嫌な予感がした。
テユーミアはエスティーギアの妹なので、何方かと言えば身内に近い存在だ。
故にプリームスを害する事などして来ないだろうが、テユーミアから物凄い煩悩の”気”を感じるのだ。
それを例えるなら、理性と言う盃に満たされた欲望と言った所か。
その盃は今にも溢れ出しそうで、水面張力で辛うじて保っている様な状況である。
プリームスは何故かベッドの傍に立たされると、
「プリームス様、靴とドレスを脱ぎましょう。お手伝いいたしますわ」
そう言ってテユーミアが傍に屈み込む。
「奥方、服を着替えるのに靴を脱ぐ必要は無いのでは・・・それに顔が怖い・・・・」
何故か分からないがプリームスは怖くなり怯えてしまう。
半ば強制的に靴を脱がされた後、テユーミアは屈み込んだまま指をパチンと鳴らした。
するとプリームスが着ていたワンピースドレスが、まるで繋ぎ合わせる糸を失ったかのようにバラバラになり
「うおっ! 見事!!」
などと場違いな台詞を言うプリームス。
普通ならここは、急に衣服を脱がされて「きゃあー!」と悲鳴を上げる所である。
そんなプリームスを傍で屈んだまま見上げるテユーミアは、
「フフフ・・・・面白い方・・・私がプリームス様を抱え食堂へ行くまでの間、仕込んでいた魔法に気付いていた筈なのに、対応しないのはどうしてですか?」
と楽しそうに首を傾げて告げる。
「いや、別に危害を加えるような魔法では無かったのでな。それにどう発動するかも確認しておきたかった」
プリームスがそう答えるとテユーミアは微笑みを浮かべた。
そしてワインで濡れた太腿へ徐に顔を近付ける。
「あぅっ!?」
くすぐったくて堪らず声を漏らすプリームス。
ワインで濡れたプリームスの太腿を布で拭うのではなく、テユーミアは自身の舌をもって拭い出したのだ。
何となく貞操の危険は感じていたが、まさかこんな変態行為で迫って来るとは思いもしなかったプリームスであった。
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