第195話・昼食と豪拳(1)
クシフォスの屋敷に、遅めの昼食を御馳走になりに行く事になったプリームス達。
只、クシフォスはお忍びで城下に来ていた為、一人の上に徒歩だ。
大公爵ならお忍びであっても必ず共を連れているものなのだが、南方諸国最強と称され武神の二つ名を持つクシフォスにはそれは不要なのであった。
「すまんな、本来なら馬車にでも乗せてやるべきなのだが、俺の腕で我慢してくれよ」
と苦笑いしながらプリームスへ告げるクシフォス。
貧血気味のプリームスをクシフォスが抱えて移動しているのだ。
「いや気にせんでくれ、こうやって運んでくれているだけで十分だ」
そう言いつつもやはり揺れるのかプリームスは気分が悪そうである。
クシフォスはアグノスを見やるとニヤニヤしながら訊いた。
「で、アグノス姫・・・さっきのは何なんだ? 少し揉めていた様に見えたが?」
アグノスは露骨に嫌そうな顔をする。
『この人はお人好しなのだけど繊細さに欠ける・・・・』
そして素っ気ない態度で、
「空回りしてしまうと言う話しです。別に揉めてなどいません!」
とクシフォスへ半ば反論する様に言い返した。
そんなアグノスの言い様を気にする様子も無いクシフォス。
「若いと言うのは血気に逸るものだ、アグノス姫もそれ相応の妙齢になれば自然と落ち着くであろうよ」
乙女心を意に介さずズゲズゲと上から目線で語るのクシフォスに、流石のアグノスも怒りが爆発する。
「ムキー! 繊細さの欠片も無い脳筋に偉そうに言われたくありませんわ!」
そう言ってアグノスは、クシフォスの脛を思いっきり蹴飛ばしてしまう。
「痛えぇー!!」
「いったぁーい!!」
蹴った方も蹴られた方も痛みで悲鳴を上げた。
「何て硬い脛なの!? 可笑しいんじゃないですか?!」
と加害者なのに文句を言い出すアグノス。
一方クシフォスは涙目で反論する。
「可笑しいのはそっちだ! 急に人の脚を蹴飛ばす女がおるか!」
そんな2人を青い顔でプリームスは嗜めた。
と言うかお願いに近かった。
「いや、私からしたら何方も似た様なものだぞ。それよりも余り揺らさんでくれ、気分が悪くなる・・・」
「うっ、すまん・・・」
「申し訳ありません、プリームス様・・・」
直ぐに大人しくなってしまうアグノスとクシフォス。
「クククッ・・・お二人は似た者同士ですね。やはり同じ血縁ゆえに為せる業なのでしょうか」
などと笑いつつも無表情なフィートは、相変わらず不気味であった。
「やめて下さい、こんな無神経で無繊細な人と似てるなんて・・・ゾッとしますわ。それに私が似ているのはクシフォス様では無く、奥方のほうです!」
そう言われて本当に嫌だったのか、アグノスは随分と嫌悪感を露にする。
片やクシフォスは悪気は無かったのだろうが、まるで軽蔑されるような言い方をされて凄く寂しそうだ。
そもそも変な揶揄い方をしたのが悪く自業自得であるが・・・。
そしてふとプリームスの脳裏に気になった事が過っていた。
『今まで全然気にしていなかったがクシフォス殿には妻が居るのだな・・・それにアグノスに似ているとは・・・?』
プリームスの疑問は直ぐに解ける事となる。
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相変わらず騒がしいアグノスとクシフォス、そして割と無口で無表情なフィートを連れてプリームスはクシフォスの屋敷に到着する。
プリームスがこの王都に初めて来た時に訪れたのが、このレクスデクシア大公爵邸なのであった。
あの時は急ぎ傭兵ギルドへ向かってしまった為、クシフォスの奥方と顔を合わせる事も無かった。
なのでプリームスとしては屋敷の構造云々よりも、奥方の為人やその様相が気になる所である。
屋敷内に入り先ず出迎えてくれたのは数名の若い侍女達だ。
プリームスを見てその美しさに驚き暫くの間呆然としていたが、
「直ぐに食事にする。もう用意は出来ておろう?」
そうクシフォスが言うと侍女達は我に返り、いそいそと屋敷内を走り去ってしまった。
恐らく昼食の準備と、クシフォスが戻った事を大公婦人に知らせに行ったのだろう。
そうしてクシフォスはプリームスを抱えたまま屋敷内を進んでいると、簡素だが品の良い紫色のドレスに身を包んだ女性と出くわす。
その女性は傍の部屋から出て来たのだが、プリームスを見るなり驚いた様子で侍女達の反応と同じく硬直してしまった。
「どうしたテユーミア?」
とクシフォスが話し掛けても、そのテユーミアと言う女性は呆然としたままだ。
このテユーミアはアグノスやエスティーギアと同じく濃い藍色の髪の色をしていた。
面影も何処となくエスティーギアに似ていて、年齢もそう違わない様に見える。
「奥方様?」
「テユーミア叔母様?」
フィートとアグノスが心配そうに話し掛けると何とか我に返り、
「何て可愛らし娘さんなの? ひょっとして話しに聞いていた聖女様かしら?」
プリームスを抱えるクシフォスに詰め寄るように言った。
「え?! あ、あぁ・・・そうだプリームス殿だよ」
クシフォスはテユーミアの勢いにたじたじである。
プリームスはクシフォスに抱えられたまま軽く会釈した。
「こんな状態で申し訳ない、ひょっとしてクシフォス殿の奥方かな?」
すると呼応するように、
「はい、救国の聖女様。私がクシフォスの妻、テユーミア・レクスデクシアです。お目にかかれて光栄ですわ!」
と嬉しそうな笑顔でテユーミアは会釈した。
救国の聖女様などと言われてはプリームスも苦笑いするしかない。
一応プリームスが王の命を救い、ポリティークの謀叛を未然に防いだ事は箝口令が敷かれている。
テユーミアがそれを知っているのは王族であるからだろう。
「テユーミア叔母様は、私の母の妹になるのですよプリームス様。ですから髪の色も同じでしょう」
嬉しそうに言うのはアグノスだ。
どうやらテユーミアには懐いているらしい。
『ほほう・・・と言う事は古代迷宮を管理する一族なのか? これは思わぬ情報源を得たな・・・・』
とプリームスはほくそ笑んでしまう。
テユーミアは少し心配そうにプリームスの傍に近づき見つめた。
そして柔らかい手で優しくプリームスの頬に触れると心配そうに告げる。
「お加減が優れないのですか? 顔色が悪いようですけど・・・・」
クシフォスは思い出し少し慌てた様子で言った。
「プリームス殿は貧血気味でな、食が細い上に朝から何も食べてないらしい。街で偶然出会って・・・それで昼食を御馳走しようと思い連れて来た訳だ」
それを聞いたテユーミアは、クシフォスからプリームスを取り上げてしまう。
そうして自らプリームスを抱きかかえ言い放った。
「そう言う事は先に言って下さい! あなたはいつも大事な事を話している最中に忘れるのですから・・・」
プリームスは小柄で軽いが、女手で子供を抱えるのとは意味が違う。
しかしそんな事は微塵も感じさせずにプリームスを軽々と抱きかかえているのだ。
プリームスが唖然としているのを余所にテユーミアは、
「さぁ食堂に向かいましょう。もう昼食の用意は出来ていますからね」
そう言うと、すたすたと廊下を歩きだしてしまった。
「フフ・・・流石テユーミア叔母様ですわ。"豪拳”の二つ名は伊達ではありませんね」
と物騒な言葉がアグノスの口から発せられる。
『え?! ”豪拳”?!! まさか夫婦そろって脳筋なのか?!』
とプリームスは驚くばかりであった。
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