第165話閃刃と王子(1)
プリームスと理事長であるエスティーギア、そして生徒達が見守る中、バリエンテ達の決闘が始まった。
先鋒はイディオトロピアで、相手はアロガンシア王子だ。
事の発端を作ったアロガンシア王子がいきなり先鋒で出て来るとは、余程自身があるのだろう。
両者は芝生が敷かれている野外演習場の中央に歩み出た。
この敷地は20m四方の地面に芝生が敷き詰められていて、安全に試合が出来る様になっているのだ。
アグノスが試合場の中央で両者を引き合わせ、
「私が審判役を引き受けます。公式決闘の規則では、死に至らしめる攻撃や魔法を禁止しています。また四肢を欠損させるような攻撃や魔法も禁止します。勝敗の条件は、相手を武力や魔法で圧倒し負けを認めさせる事・・・。そして決闘試合が続行できない状態に陥ったと私が判断した方を負けとします。宜しいですか?」
そうイディオトロピアとアロガンシア王子へ事務的に告げた。
するとイディオトロピアとアロガンシアが無言で頷き、両者は10m程の距離を取った。
アグノスはそれを確認した後、試合場の敷地から身を引き、
「では、決闘試合先鋒戦を開始してください!」
と高らかに言い放つ。
イディオトロピアの持つ得物はショートソードである。
勿論、刃は潰してあり切れることは無いが、金属ではあるので当たり所が悪ければ大怪我は免れない。
一方アロガンシア王子が持つ武器はロングソードだ。
騎士などが基本的に帯剣している武器で、扱いやすい一般的な物である。
だが扱いやすい故にその戦術は一般化され、動きを把握されやすいとも言えた。
よって使い手の技量が物を言う、実は玄人向けの武器なのであった。
その武器を持つと言う事は、アロガンシア王子は余程の自信があるのだろう。
そんな決闘相手に対してイディオトロピアは、ショートソードを無造作に持った状態で半身の姿勢で動かない。
動かない相手に焦れたのかアロガンシアが突如前へ踏み込む。
周囲から驚きの声が上がった。
10mもの距離を一瞬でアロガンシアは詰めてしまったのだ。
魔法によるものなのか、はたまた自身の身体的な能力や技術によるものなのか、とにかく驚く程に俊足であった。
しかしイディオトロピアは慌てる事無く詰められた間合いを、ほんの少し後方へ移動するだけで調整した。
これによりアロガンシアの剣の間合いから外れてしまう。
舌打ちするアロガンシアは再び踏み込み、斬り付ける間合いを作ろうとする。
だがそれに合わせて再びイディオトロピアは斜め後方へ退き、間合いを外してしまった。
『ほほう、実に自身の現状を鑑みた戦術だな』
とプリームスはイディオトロピアに感心する。
イディオトロピアは昨日の食当たりで病み上がりだ。
そしてそれで消耗した体力はまだ回復しておらず、顔色も良くない。
まだ10代で体力が有り余るアロガンシアに対して、そんな状態で正面から斬り合うのは実に分が悪いのは自明の理である。
よってイディオトロピアは自身の消耗を抑えて相手に動き回らせ、逆に消耗を強いる戦術を選んだのだろう。
絶対に負けられない決闘試合で、正々堂々やズルいズルくないなど言ってられないのだ。
それを理解したのかアロガンシアが苛立った表情を浮かべる。
「閃刃のイディオトロピアともあろう者が、そんな恰好の悪い戦い方をして恥ずかしく無いのか?」
王子にそう言われて、イディオトロピアは何故か顔を真っ赤にする。
「う・・・何故その二つ名を!?」
「決闘する相手の事くらい普通調べるだろう? 以前から随分と腕が立つとは思っていたが、まさか高名な傭兵だったとは・・・ねぇ閃刃さん」
アロガンシアはニヤリと笑みながら言った。
よっぽどその二つ名を呼ばれるのが恥ずかしいのか、イディオトロピアは少し取り乱し動きが止まってしまう。
それを見逃さなかったアロガンシアは一瞬で間合いに踏み込むと、払い斬りをイディオトロピアの首元へ放った。
「くっ!」
咄嗟にショートソードを縦にして、その払い斬りをイディオトロピアは受け止める。
そして周囲に甲高い金属音が響き渡り、ここで漸く互いの刃が交わったのであった。
互いの剣が交差し、力で押し合いになった状態でアロガンシアが再び口を開く。
「実はね将来的な僕の手勢を作るのに優秀な人材を見繕っていてね、君なら合格だよ。どうだい? 今棄権してくれれば君をその中核に据えるよ」
イディオトロピアは、アロガンシアのその言い様に唖然としてしまった。
今は互いの主張を押し通す為に、雌雄を決する決闘の最中なのだ。
それを今更取引しようと言うのだから、馬鹿にするのもいい加減にしろと言った所である。
イディオトロピアの唖然とした表情が、段々と怒りに変わってゆく。
次の瞬間、つばぜり合い状態だった2人の状況が一変する。
突如、アロガンシアが前のめりになってたたらを踏んだのだ。
それはイディオトロピアが、剣に掛かる力の方向を巧みに操作して、受け流したようにアロガンシアの体勢を崩した為だ。
無様にイディオトロピアへ背を向けてしまったアロガンシア。
更にその尻へ強烈な蹴りが直撃し、どっと地面に倒れ込んでしまった。
「ぐえっ!?」
地面に額から落下したアロガンシアは、短く妙な悲鳴を上げる。
その無様な王子に追撃する事無くイディオトロピアは言い放った。
「今は只の学園生徒に過ぎないくせに、何様のつもり? それとも王族は人の運命を自由に出来るとでも勘違いしているのかしら?」
騒然とする周囲の生徒達。
同じ王族だが状況を黙って静観するアグノス。
一方プリームスは、笑いを堪えるので必死であった。
王族を恐れないイディオトロピアの気風の良さが、愉快で堪らなかったのだ。
額を押さえゆっくりと立ち上がるアロガンシアは、
「くっ、言ってくれる・・・だが生まれ持った物を利用して何が悪い!? 君の言い様は持たない者の嫉妬に聞こえるぞ」
と負けじと言い返す。
それが更にイディオトロピアの怒りに火を点けたようであった。
その怒りの表情は氷のように冷たくなり、相手は王子なのに下賤な者を見る様な目で見つめた。
「私が言っているのは、誇りを賭けた決闘に貴方が水を差した事よ。王子・・・貴方には決闘をする資格は無い。今ここで世界の広さと、現実の厳しさを教えてあげるわ」
プリームスはこの時、ある事に答えが出る。
それはアロガンシア王子が何故に先鋒で出て来たのか?、という疑問の事である。
周囲も口には出さないが、同じ疑問を持っていた筈だ。
そしてその答えは、筆頭であるアロガンシアが先鋒相手に取引を持ち掛け、棄権させる事だったのだ。
そうすれば最低でも引き分け以上がアロガンシア側にもたらされる訳だ。
『ずるが賢いと言うか、卑怯と言うか・・・まだ若い証拠だな』
と思いプリームスは溜息が出てしまう。
世の中には机上の理論が通用しない相手がいるのだ。
更に言えば、損得を超えた義理や人心が存在する。
それは非常に繊細な物で、温室育ちの世間知らずが想定できる訳も無かった。
『心身共に王子は閃刃に及ばずか・・・』
プリームスはそう呟き、これから展開する蹂躙に笑みが零れてしまうのであった。
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