第154話・法王ネオス・エーラ

メルセナリオが法皇の話をするかと思えば、中々始めない。

焦れたプリームスは何故だか突如疲れたと言い出し、フィエルテに甘えるような仕草をし出した。

これにはメルセナリオが目を丸くしてしまう。



フィエルテも少し戸惑っていたようだが、直ぐ嬉しそうな顔になる。

そしてソファーに腰を掛けたまま両手を広げて待っているので、フィエルテは徐に傍に座りプリームスを抱きしめてしまった。



一方プリームスはフィエルテに抱きしめられ、居心地良さそうにその胸へ顔を埋めていた。


それを何とも羨ましそうに見つめていたメルセナリオだが、慌てて首を振って我に返る。

「おいおいプリームス殿、どうしたんだ?」



そんなメルセナリオなど他所にプリームスは、

「やっぱりフィエルテは落ち着く・・・そのまま背中を撫でて〜」

などと言い出す。



「はいはい、仰せのままに」

そう言ってフィエルテはプリームスの背中を優しく撫でた。

まるで子供を甘えさせる親のようである。



その有様を見て、どうしたら良いのか分からずフィエルテへ尋ねるメルセナリオ。

「どうしてしまったんだ? プリームス殿は・・・」



するとフィエルテは困った様子でメルセナリオを見つめた。

「今朝がたスキエンティア様にお伺いしたのですが・・・プリームス様は、どうも精神的な負荷や身体に極端な刺激を受けると、このようになってしまう様なのです」



『精神的な負荷・・・』

そう脳裏で反芻し、まさか自分が焦らした為か?、とメルセナリオは項垂れてしまう。

そして戸惑うように再びフィエルテへ尋ねる。

「ワシのせいなのだろうか?」



プリームスを抱きしめ背中を撫でながら、フィエルテは少し思考した。

それから愛想笑いをメルセナリオに向け告げる。

「多少は有るかもしれませんが、元の原因は違うと思いますよ。昨夜は、疲れるような事をされたようですし。それに朝から学園でバリエンテさん達の面倒見ていらしたようですから。本当にお疲れなのでしょう・・・」



メルセナリオは首を傾げる。

「身体の疲れも”こうなってしまう”要因の一つだと?」



「う~ん・・・」と困ったように考え込むと、

「恐らくですが身体的な疲れで精神に影響が出たのかと。今日は身体の調子が悪いとも仰ってましたから」

心配そうにフィエルテは答えた。



しかしプリームスがこの有様では、法王の話を進められない。

正直プリームスが何をするのか、メルセナリオは全く把握できていない訳で不安ばかりが募った。



それを察したのかフィエルテが、メルセナリオを安心させるように笑顔で告げる。

「私が法王の事を伺っておきましょう それで後程、私がプリームス様へ説明しておきますので」



今日は顔半分上を覆う仮面をしている為、フィエルテの表情を窺い知る事は出来ない。

しかし以前、プリームスと食事をした時に従者2人の顔を見る事が出来た。

2人とも驚く程の麗人でメルセナリオは面を喰らったものである。


その上、こうやって主とその周囲の事を思い気を利かせてくれる。

何とも良く出来た従者で、自分にもこのような舎人が欲しいとメルセナリオは思うのであった。



そうしてメルセナリオは居住まいを正し話し始める。

「では、そうするとしよう。現在の魔導院の国主は、法王ネオス・エーラと言う。実に若い女性の法王でな・・・ワシも直接会って驚いたよ」



驚くフィエルテ。

女性の国主と言うのは非常に珍しいからだ。

かく言うフィエルテの祖国も、王家は男女関係なく武人として育てられる武家ではある。

しかし国自体がそう言う風習で、習慣があるのだから例外とは言えないだろう。


魔導院が宗教国家で有る事を考えると、女性の国主は例外と言えた。

やはり何か大きな政変があったに違いない。

それに若いと言うのも意外であった。



「まぁ魔術師と言うのは外見で判断出来んと言うしな。プリームス殿が良い例だろう?」

とメルセナリオは苦笑しながら言った。



「ですね・・・実際の所、私もプリームス様の年齢は知らされていませんから、何とも言えませんが」

フィエルテも苦笑いで相槌をうつ。



「ところで法王の為人は如何なのでしょうか? これに因ってはプリームス様の対応も変わるでしょうし」



そのフィエルテの問いかけに、メルセナリオも頷いた。

相手の性格を把握しているかで、交渉事の成否は変わってくるのだ。



法王ネオスとの初めの邂逅で、その見た目の美しさと若さに、国のお飾りではないかと勘ぐったメルセナリオ。

しかし話てみると随分と思慮深く、そして温厚であった。


更に頭が切れるのだ。

バリエンテ達を魔術師学園に潜入させる経緯に至ったのは、この法王ネオスの提案による物なのだから。



「交渉事や取引は、互いに対等な立場で互いに利益が無ければ成立しませんよね? メルセナリオ様が不利になる様な取引の進め方はされませんでしたか?」

フィエルテはプリームスが問うであろう事を、思い浮かべながらメルセナリオへ尋ねた。


武力ではまだまだプリームスの役には立てない。

ならこう言った時だけでも、プリームスの役に立てるように行動せねばと思う。



「弱みにつけ込む様な事は言われなかったな。こちらの要求を正確に捉えて、お互いに利益があるような提案をされたよ」

そうメルセナリオは答えると、少し考え込むような様子を見せた。


そして思慮の沼から抜け出すと、

「ひょっとしたらワシから出向かなくても、魔導院から出向いて来ていたのかもしれん」

と言い出す。



傭兵ギルドは南方諸国それぞれに支部を持つ巨大な組織である。

開国したばかりの魔導院としては、他国との架け橋に利用したいと思ったに違いないのだ。


そうすると軍事強国としての権威を示し、メルセナリオを従わせようとしなかったのは合点がいく。

対等な取引が出来ないと判断され、そっぽを向かれては台無しだからだ。



そうフィエルテは洞察しメルセナリオの言葉に頷いた。

「では南方諸国の情勢と魔導院自身の立ち位置を、法王は客観的に捉えているのでしょうね。それに開国したのも先を見通し、国の存続を考えての事なのかもしれませんし」


フィエルテがそう言った後、ふと抱きしめていたプリームスを見やる。

すると静かな寝息をたてていた。



「プリームス殿が好きそうな話をしていると言うのに、本人は気持ち良さそうに寝ているとはな。何とも間の抜けた事か・・・」

とメルセナリオが呆れたように呟く。

だがその語調はとても柔らかである。



全くその通りだが、フィエルテとしてはプリームスの役に立てているように感じ、嬉しく思えるのであった。

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