第132話・主と忠臣

少し疲れてしまった為か、プリームスは直ぐに眠りについてしまう。

またそれ以上に、ベッドでスキエンティアと抱き合って横になっていると、とても居心地が良かったからだ。


それは素肌越しに感じる体温や柔らかさ、またほのかに香る優しく甘い匂いがプリームスを眠りに誘ったのも理由かもしれない。




そして2時間程で喉が渇き目が覚める。

徐にスキエンティアから身を離し起き上がるプリームス。

すると直ぐに反応してスキエンティアが目を覚ました。

「どうかなさいましたか?」



「いや、喉が渇いてな・・・」

そうプリームスが答えると、スキエンティアは身を起こしベッドから降りてしまった。

そうしてベッドの傍らにあるテーブルから水差しを手に取り、グラスへ水を注ぐ。


その様子をジッと見ていたプリームスは、その所作が美しいと思ってしまった。

洗練された無駄のないスキエンティアの動きに暫し目を奪われる。

それは極まった武力を有する者だからこそ見受けられる動きであった。



「どうぞ・・・」

そう言って水が満たされたグラスを差し出すスキエンティア。



プリームスはグラスを受け取ると、素直な思いが口を突いた。

「お前の仕草は、俗世の品からは逸脱しているな。他と比べようが無く、それに美しい」


うっかり褒めてしまった事に若干後悔しつつ、スキエンティアの様子を伺う。



だがスキエンティアは、プリームスが思ったように調子に乗る訳でも無く、少しはにかむ表情を見せた。

そして傍に腰を下ろすと、慈しむ様に自身の胸に手を添えて告げる。

「それはきっと、このお身体をお預かりしているせいかもしれませんね。私は以前より何も変わってはおりませんよ」



ちびちびとグラスの水で喉を潤すプリームスは、怪訝そうにスキエンティアへ尋ねた。

「いつものお前らしく無いな・・・随分と謙虚ではないか?」



にっこり微笑むスキエンティア。

「そうですか? 日常的に言えば”謙虚では居られない”のかもしれません。ですが今は、私にとって非日常なのです」

そう言うとプリームスの腰に手を回した。

「こんな事をしても、お叱りを受けませんしね」



プリームスは少し不満そうにぼやく。

「この程度の事なら2人きりで無くとも別に怒りはせん」



「ではもう少し我儘をさせてもらうとしましょう」

などとスキエンティアは言いだし、プリームスに口付けをすると腰に回した手で抱き寄せる。

そしてグラスを取り上げると傍のテーブルに置き、プリームスを抱きかかえて自分の膝の上に乗せてしまった。


「きゃっ?!」

と突然の事にプリームスは年相応のような声を出す。



スキエンティアはそんなプリームスを他所に、ジッと見つめた後で切なそうに尋ねた。

「私は貴女の役に立っていますか? 貴女の支えになっているのでしょうか・・・?」



意外な問いかけに驚いてしまうプリームス。

こんな事を言うような者では無い筈なのだ。

だが事実、目の前にプリームスが見た事も無いスキエンティアが居た。

「急にどうしたのだ?」



気落ちしたようにスキエンティアは俯くと話し始める。

「以前の世界で私は、プリームス様が魔界マギア・エザフォスを統一する半ばで倒れてしまいました。お役に立つ事が出来ず・・・その上、私の命を繋ぎとめるために貴女の命まで危険に晒して・・・。そして結局は私など居なくとも、貴女は覇道を達成されたのです」



そんなスキエンティアを見つめて、困ったようにプリームスは苦笑いを浮かべた。

「お前は自分が役に立っていないと思っているのか? そんな訳が無かろう」


そうして優しくスキエンティアの頬に手で触れる。

「お前が肉体を失ってからも、多くの助言を私にしてくれただろう。大雑把な私を補うようにスキエンティアが助けてくれなければ、未だに私は魔界マギア・エザフォスで戦い続けていた筈だ」



不安そうにスキエンティアは問いかける。

「私がお役に立っていたと?」



笑顔を浮かべて自嘲するようにプリームスは答えた。

「当たり前だ。それにこの世界に来て私はいきなり死にかけた。その時、スキエンティアが居なければ私は確実に死んでいただろう。お前が居たからこそ、今の私が在るのだぞ」



プリームスのそんな言葉を聞いてスキエンティアは泣きそうになってしまう。

「陛下・・・」



「おいおい、もうその呼び方は止め・・・」

プリームスが言い終える前に、スキエンティアが抱き着き、その言葉を遮る様に唇を奪っていた。


それは情熱的で、まるでその存在を確認するかのような長い口付けであった。



そして徐に唇を離すとスキエンティアは、

「私にとっては貴女様は、いつまでも魔王陛下なのです」

真剣な面持ちでプリームスへ告げる。



「はぁ・・・」と溜息をもらすプリームス。

「そう言うお前は私にとって、信頼のおける腹心だが、頑固な弟子でもあり、強情な娘でもあるな」



少し切ない気持ちになってしまったスキエンティア。

だがそんな気持ちは、おくびにも出さない。

それは己には贅沢な思いだからだ。


しかし平穏な日々故に時間は沢山ある。

それに今はプリームスを縛るものは何も無く、”誰の物でもあってはならない”訳では無いのだ。


そう思うとスキエンティアの心は希望に満ちて、軽くなるのであった。


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