第127話・幼児退行(1)
少しプリームスに対して悪戯心が芽生えてしまったスキエンティア。
何故かと言うと、”我儘になれ”と暗にプリームスが告げたからだ。
正直な所、我儘になどなれる訳も無く、故にスキエンティアは皮肉を込めてほんの少し悪戯をすることにした。
スキエンティアの泡立った手が優しくプリームスを洗ったかと思うと、時折くすぐりが混じっていたりしたのだ。
「や、やめ・・・」
こそばゆくて抵抗しようとするプリームスだが、身体に力が入らない・・・。
この時プリームスは、想像以上に身体が敏感になっている事に気付く。
そして確信する・・・この身体は何か変だ。
主の異変に気付いたスキエンティアは、寄り添うプリームスを抱きしめたまま大理石の床に座る。
その後プリームスを自身にもたれ掛からせ、耳元で囁いた。
「落ち着いたらお湯でながしましょうか。それから御髪を洗いますね」
まるで親に甘える様に寄り添うプリームスは、
「スキエンティア、身体が変なの・・・。どうしよう・・・」
スキエンティアの言葉が聞こえていないかの様に訴える。
優しく慈しむようにプリームスを撫で、落ち着かせるようにするスキエンティア。
「恐らく今の身体が馴染んでいないのかもしれません。でも心配いりませんよ、私がいつもこうして傍に居ますから・・・」
何だか本当に弱々しくなってしまい、その精神は子供のように見える。
魔王だった以前のプリームスでは考えられない状態だ。
古来より武術の分野では、精神は肉体に対して大きな影響を及ぼすと思われてきた。
実際、精神的に追い込まれる事によって、身体が予想以上の力を発揮する事がある。
これは精神が肉体を支配している根拠と言えた。
更に精神疾患を患えば、肉体は健全にも拘らず、まるで病に冒されたように動きが緩慢になる。
そして逆も然り。
肉体が精神を支配する事もあり得るのだ。
例えるなら病になれば人は気が滅入り、消極的になってしまう。
また肉体が健全な健康状態ならば、精神は活力に満ち溢れ活発的かつ積極性を増す。
恐らくプリームスの精神状態は、今の肉体から影響を強く受けている。
15歳程だが、隔離された魔術の空間で培養され育ったのであろうその肉体は、プリームスが依代にするまで何も経験していなかったのだ。
詰まり生まれたての赤児と同様である。
そんな赤児同然の肉体が、常人以上に見聞きしたり魔法を駆使したりする事に耐えられる訳が無いのだ。
肉体の悲鳴に気付かないプリームスは、知らぬ間に精神に影響を受け幼児退行を起こしてしまったのだろう。
そうスキエンティアは推測する。
『これでは目が離せなくなりますね。そうなると益々フィエルテやアグノス姫の重要性が・・・』
スキエンティアは自身が常にプリームスの傍に居られない可能性を危惧していた。
だからこそ従者としてフィエルテを身内に招き入れた訳だが・・・。
取り合えず今はプリームスと2人きりで過ごす時間を楽しむ事にした。
暫く動かずに休んでいたお陰か、プリームスも落ち着いたようだ。
スキエンティアは手桶でお湯を汲み、プリームスの身体についた泡を洗い流していく。
次は洗髪だが、プリームスに横になってもらいスキエンティアの片太腿に頭を乗せさせる。
そこから顔へお湯がかからないように髪の毛と頭皮を濡らし、そして髪を丁寧に洗い、頭皮を指の腹で揉む様に洗った。
気持ちよさそうに瞳を閉じているプリームスが、何とも可愛らしく見える。
しかも全裸で無防備なのだから、スキエンティアは随分と信用されていると言う事だ。
敬愛する主が、今は自分だけの物。
そう思うと滅茶苦茶にしたい衝動に駆られてしまう。
だがそれは出来ない・・・。
本当に無理に触れれば、壊れてしまいそうなくらい今のプリームスは儚い。
だから出来るだけゆっくりと、優しく愛でるのだ。
プリームスの髪を洗い終え、スキエンティアは自身の身体を洗う事にする。
その間は主に湯舟で寛いで貰っておくとしよう。
その旨をプリームスに伝えると、
「いやだ・・・離れないでくれ」
そう言われてしまった。
自分に抱き着いて嫌々と駄々を捏ねるプリームスへ、スキエンティアは困った顔を浮かべるしか出来なかった。
「そう言われましても・・・抱き着かれていては私が身体を洗えません」
スキエンティアに抱き着いたままのプリームスは、話を聞いてくれる様子が無い。
『う~ん・・・プリームス様の様子が可笑しい』
「一体どうしたのですか? 物凄く甘えん坊な感じですが・・・」
困り果てて、うっかり率直に尋ねてしまうスキエンティア。
するとプリームスは切なそうな表情を浮かべて答えた。
「何だか凄く不安なんだ・・・こうして肌を合わせていないと・・・」
もはや細かい事は気にしない程、情緒不安定のようだ。
どうした物かと戸惑った刹那、スキエンティアは良い事を思いついてしまった。
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