第93話・学園案内(1)

プリームスはアグノスに"身内"となった証である銀の指輪を贈った。


見た目は非常に簡素な物ではあるが、その魔道具としての能力は神器と言って良い程だ。

それは無限に近い収納機能を有しているのだから。



故にプリームスはアグノスとエスティーギアへ釘を刺す。

「この世に"このような物"が存在するとは、おくびにも出してはいかんよ」



アグノスとエスティーギアはプリームスの言葉を真摯に受け止め、まるで首振り人形のようにコクコクと首を縦に振る。


2人は言われずとも重々承知していた。

何故ならこの指輪の機能は、この世の流通や戦時の兵站常識を覆してしまうからだ。

それにより所持している事を他人に知られれば、命を狙われるのは火を見るより明らかなのである。



2人の様子を見て大丈夫そうだと判断したプリームスは、少し疲れた様子で立ち上がろうとした。



驚いてプリームスを留めようとするエスティーギア。

「え? もう帰られるのですか? プリームス様、もう少しごゆっくりされても良いのでは・・・」



「う〜む、そう言われてもな、用事も済んでしまったし・・・」

とプリームスは少し困惑する。



すると少し思考した後、エスティーギアはプリームスへ笑顔を向けた。

「南方最高峰である、この魔術師学園に興味は御座いませんか? 宜しければ私自ら御案内致しますよ!」



プリームスは逡巡する。

この魔術師学園に興味があったからだ。

学園なだけに魔術師を育成する機関に違いないのだが、他に魔術の管理までしていると言う。



しかも魔術を兵器として捉え、無用に市井へ広がらぬようにしているのは興味深かった。

要するにこの学園の体系、組織としての運用制度に対して、プリームスは知識的な興味を芽生えさせてしまっていた。



「そうだな、そこまで言うなら見学させて頂こうか」

とプリームスは愛想笑いを浮かべて答える。



耐え切れず小さな笑い声を漏らしてしまうフィエルテとスキエンティア。


プリームスにだけ聞こえるようにスキエンティアが囁く。

「初めから興味津々だったではないですか・・・ひょっとして、それさえお忘れでしたか?」



最も信頼する腹心に揶揄われて、プリームスは不満そうに頬を膨らませた。

正直、スキエンティアの言うように忘れていた訳では無い。


しかしエンチャントを重複して2つ同時に使ってしまったせいか、非常に疲れを感じていた。

その身体の怠さと精神的な疲労により、欲求が極端に減少してしまったのだ。



一方エスティーギアは大喜びする。

魔術学を探究して来たエスティーギアだ。

英知の結晶と思われるプリームスを、一時的にも独占出来るのだから興奮しない筈が無かった。


「では早々に御案内致します! 先ずは塔の屋上へあがりましょうか」

と嬉しそうにプリームスへ近寄るエスティーギア。



今度はアグノスが頬を膨らませた。

「お母様! プリームス様に近寄り過ぎです!」


娘に気を使ったのか、プリームスから少し距離を取り申し訳ない表情をエスティーギアは浮かべる。

「ごめんなさい、年甲斐も無く舞い上がってしまって・・・」


そして大きな執務机の更に後ろに有る、巨大な本棚の裏へエスティーギアはプリームスを誘った。

「こちらから屋上に上がれます。どうぞ・・・」



巨大な本棚は壁の役目を果たしていたらしい。

そこには床に湯船が彫り込まれており、お湯が掛け流しのように流動していた。


「まさか風呂があるとは・・・」

とプリームスは驚きつつも苦笑する。

必要性と機能重視の為か見てくれが悪いからだ。



更に壁際には2m四方の本棚で囲まれた簡易の小部屋があり、入り口にカーテンがかけられていた。

気になってプリームスが確認しようとすると、エスティーギアが少し恥ずかしそうに呟く。

「そこはお手洗いです」



「ふ〜む、そこの風呂もそうだが、温泉を使っているのかな?」

プリームスは特に気にもせず、そして気も使わずエスティーギアに問いかけた。



秘匿したい物で無ければ、訊かれれば答えたくなる・・・それが学者肌のエスティーギアであった。

「はい! 温泉の流れる水力を利用して、温泉をここまで汲み上げています。その為お風呂は温泉の掛け流しですし、お手洗いは温泉による水洗になっておりますよ」



感心した様子のプリームス。

「この王都は温泉の湧きが豊富なのだな。それに工業的、建築的な技術も高いと見える」


だが直ぐに訝しむ表情を浮かべた。

「しかし何故、理事長室に風呂があるのだ?」



それには娘のアグノスがすかさず答える。

「それはお母様がここに篭りきりだからです。研究やら学園の管理やらで・・・王宮にも殆ど姿を見せませんし!」

アグノスは少し不満そうであった。



そんなアグノスをプリームスは抱き寄せ、優しく頭を撫でてやった。

「母が恋しいのか? 今は私が傍に居ると言うのに」



すると慌てた様子でアグノスは否定する。

「そんな・・・」

最後まで言葉を言い切る前にアグノスは異変を感じ取った。

プリームスの体温が少し高いように思えたのだ。



心配になりアグノスは自分を抱き寄せるプリームスを見つめる。

「うん?」

とアグノスへ優しく微笑み返すプリームス。

その微笑みは儚くとても美しく見えた。



『やっぱりプリームス様の様子が・・・』

そうアグノスが心配し訝しんだ時、エスティーギアが屋上へ上がる螺旋階段を指し示して言った。

「こちらです、参りましょうか」



「ああ、さぞ景色がよいのだろうな」

そう言って何も無かったように、プリームスはエスティーギアの元へ歩き出してしまった。

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