第29話・生物兵器
今回発生したボレアースの死熱病に関して、プリームスは自身の洞察した事をクシフォスへ話す事にした。
内容に関しての重要性に念を押した為、クシフォスは少し緊張した様子だ。
まあクシフォスが緊張したところで、何か解決する訳では無いのだが・・・。
そう少し意地悪な思いがプリームスの脳裏に過ったが、口には出さないでおいた。
「このボレアースで発生した死熱病は人為的な物の可能性が高い。他国か、もしくは国内で何かしらの陰謀が見え隠れするな・・・」
とプリームスは言った。
予想通りクシフォスは驚いて、前のめりになりプリームスへ迫った。
「ま、ま、誠か!!? 俺の町でそんな事をして何の得があると言うのか?!」
暑苦しいクシフォスを手で押しのけるプリームス。
そして空になったコップに水差しで水を注いで渡してやる。
「水でも飲んで落ち着け」
クシフォスは先程から驚かされてばかりなのか、緊張して喉がカラカラのようだった。
渡されたコップの水を一気に
「クシフォス殿の町で死熱病を発生させたのは偶然だろう。混沌の森が近いと言うのも理由だと思うが、クシフォス殿とは直接関係はないと思う」
とプリームスはクシフォスを落ち着かせるように言った。
そしてプリームスもコップに水を注ぎ、ふた口程飲んで喉を潤すと話を続ける。
「恐らくだが、死熱病を伝染させる蚊が、混沌の森以外で運用出来るか実験をしたのだ。そして実験した目的は分かるか?」
唸りながら首を傾げるクシフォス。
「う~む・・・」
スキエンティアは呟くように答えた。
「生物兵器ですか?」
「正解だ」とプリームスは頷く。
クシフォスは聞き慣れない言葉に再び首を傾げた。
そうなると予想していたプリームスは補足し始める。
「生物兵器とは、物理的な物では無い。病気や細菌などが発する有害な毒素を使って、敵に攻撃をする手段だ。近い行為で言うなら、井戸水に毒を流し込んだりする方法だな」
嫌悪した表情でクシフォスは言った。
「死熱病を戦争の道具として使おうと言うのか?! そんな愚かな事が許される訳があるまい!」
「まぁそう逸るな」とプリームスはクシフォスを制するように言い、話を進める。
「戦争では運用できないだろう。そうしてしまうと自分達も危険に晒す可能性が有るからな。詰まる所、運用範囲はかなり狭いはずだ」
勘の鋭いスキエンティアがプリームスを見つめて深刻な顔で言った。
「暗殺・・・ですか」
静かに頷くプリームスは、更に補足した。
「うむ、古来より政治的な闘争でよく使われた方法だ。致死性の毒を持つ虫を目標の寝屋に放って暗殺。毒殺に近いが、手段やそれを主導した相手が分からない事から、暗殺には非常に有効な方法だ。しかも死熱病に関しては、発病すれば確実に死に至る・・・病で倒れて亡くなっては、誰も暗殺とは思わんだろう」
考え込むスキエンティア。
「しかし感染源の蚊に関しては、混沌の森でなければ直ぐに死んでしまうのでは? それをどうやって・・・」
「私のように死熱病の事を研究している者が居ないとも限らない。何かしらの方法で死熱病原虫に侵された蚊を、一定期間生きたまま持ち運べる手段を見つけたのだろうな」
と然も他人事のようにプリームスは言った。
それを聞いたクシフォスが血相を変えて言い放った。
「そんな事を言っている場合ではなかろう!! これは国の一大事に関わる! 下手をすれば謀反により内戦が起こりかねん」
「と言われてもなぁ」とプリームスは困ってしまう。
プリームスは異邦人であり、この国に力を貸してやる義理も義務も無いのだ。
ただ、自身の行動によって無用な争いが起きるような事だけは避けようと考えていた。
「ここからはクシフォス殿がどうするか考えることだと思うがね」
少し冷たいがプリームスはそうハッキリ言うしか術が無い。
クシフォスは溜息をつくと、少し俯いて頷いた。
「そうだな・・・」
そして気を取り直したように面を上げ告げる。
「では、プリームス殿が知りたがっていた”伝書鳥”の事を話しておこうか」
そんなクシフォスを見てプリームスは少し感心した。
どんな驚愕な事が起きても気持ちの切り替えが早いのだ。
流石、人の上に立つ大公と言うだけの事はあると思ってしまう。
『脳筋と思ってしまった事を謝らなければな・・・』
とプリームスはほくそ笑んだ。
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