第4話 マレビト
エルゼの「マレビト」という言葉にタケルは反応した。
聞きかじりに知識では、日本の民俗学で耳にする言葉で、季節ごとに共同体に現れては祝福をなして再び去る神的な存在である。
秋田県のなまはげなど、日本の祭りの説明にも使われている。
「マレビトは、別の世界から突然現れた存在のことです。人族が多いんですが、違う種族でもたまに現れるそうです」
「マレビトは、この世界で、どんな存在ですか?」
彼女はしばらく考えて、言葉を継ぐ。
「とても珍しい存在です。わたしが伝え聞いているのは、マレビトは数奇な運命や特別な力や才能を持ったものが多いから、それを活かして、教育で貢献したり、文明を伝えたり、王族や貴族の守護者になったり。
勇者になったマレビトもいたと聞きます。
古この
「勇者のマレビトも…。
マレビトはこちらの世界にどうやって召喚されるのでしょうか?」
「よく分かっていないところが多いです。
突然違う世界からこの世界に現れるパターンとこちらから人為的に召喚するパターンがあるようです。
人為的に招き呼ぶ場合は、魔法師が描く魔法陣に出現するはずです。タケルさんの場合は、森に倒れていたということは、突然現れたパターンのようですね」
「魔法師が召喚するパターンもあるのですね」
「そうなんですよ」
こう言って、エルゼは先ほどよりも能弁に語り始めた。
魔法に興味を持っているのだろう。
「異世界から償還できるほどの魔法師はかなり実力のある魔法師です。
複雑な魔方陣の構築と膨大な魔力が必要です。召喚魔法はバロア王国で盛んですが、異世界から呼ぶとなるとバロア王国でも、ここエルフィニアでもそんな魔法師はほんの一握りだと思います」
「どうやら僕は魔法師に召喚されたわけではないようですね。この世界に突然やって来た…」
「そうみたいですね」
エルゼ声のトーンが落ちたが、この世界で迷い子のようなタケルの心中を察したのだろう。
「ところで、元の世界に帰ったマレビトはいますか?」
タケルは切実な質問を投げた。
「詳しくは知りません。この世界で一生を終えるマレビトもいれば、元の世界に帰るマレビトもいる。そう聞きました」
(元の世界に帰れた者もいるのか…)
タケルは自分の境遇に絶望する必要はないと思った。
いつか元の世界に帰れるかもしれない。
心を折らずに生き延びよう。
「エルゼさんは、マレビトに会ったことはありますか?」
「いえ、ありません。でも集落の人で、マレビトに会った人はいるかもしれません」
「集落か…」
タケルはちょっと考えて、
「エルゼさん、僕を集落に連れて行ってくれないでしょうか? この世界に来たばかりで、何もわからないので…」
少女は頷いて
「もちろん、いいですよ。わたしを救ってくれたんですから。もしも母が許してくれるなら、落ち着くまでわたしの家に滞在してください」
と微笑を浮かべた表情が、タケルの目には天使のように見えた。
「エルゼさん、ありがとう」
「どういたしまして。では、案内しますね」
にこやかに答えたその声は、銀の鈴を鳴らしたように澄んでいた。
彼女は後ろを振り向いて唱える。
「森の精霊よ、光を授け給えかし」
俄かに数メートル前方に光の玉が浮かび上がり、辺りを照らした。
(これが魔法か!)
タケルは目を見張った。異世界に来たという実感がいっそう強くなる。
「あら、何かしら? 向こうに何かが…、まさか…」
エルゼの声が急に緊迫を帯びる。
タケルもただならぬ気配を感じ、後ろを振り向いた。
薄暗い中、遠目に何かが近づいてくる、
後ろだけでなく横からも斜め前方からも。
(峰打ちは、甘かった。自分は偽善者で愚かものだ…)
タケルは、自分の思慮のなさを悔いた。
ゴブリンを殺さずに逃がしたことがどういう事態を引き起こすのか、想像できていなかったのだ。
迫り来るもの、それは、仲間に呼び寄せられたゴブリンの群れであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます