いつも通りの昼休み?
昼休みになりました。体育は四時間目、お昼の後にあるのでしんどそうです。でも、腹が減っては戦はできぬ、と言うので、ちゃんとご飯は食べなきゃいけません。もっとも、私の場合は、お腹が空いていなくても戦にならないかもしれませんが……。いや、平和主義の私としてはそれでいいのかもしれません。戦わないのが一番だと、昔の偉い人も言っているのです。
由美ちゃんと佳奈子ちゃんがやってきて、机をいつものように私の席の隣につなげます。四つの机を並べ、私の目の前にみゆきちゃんが座り、その隣に佳菜子ちゃん、私の隣に由美ちゃんが座ります。二人はコンビニのビニール袋をばさっと、机の上に置きました。でもいつもよりは体積が小さく、密度が高い気がします。
「今日は菓子パンじゃないの?」
私は二人に聞きました。二人のお昼はいつも菓子パンなのです。
「いやあ、だってねぇ。……たまには昼飯もご飯とか食べたいじゃん」
「それに、朝こだまちんが明太子とか言うからさあ」
そう言いながら二人は、ビニール袋の中身を取り出して見せてくれました。佳奈子ちゃんは高そうな辛子明太子のおにぎりで、由美ちゃんはたらこのおにぎりです。
私はちょっと笑ってしまいました。
確かに、毎日菓子パンだったら、お米が恋しくなりそうです。それに、明太子とたらこ。なんてタイムリーなおにぎりなのでしょう。
私はみゆきちゃんと目を合わせました。この前、お弁当交換をしたいという話になった時、二人の分のお弁当も、いつか一緒に作ろうということになったのでした。
「じゃあさ、今度由美ちゃんと佳奈子ちゃんのお弁当、みゆきちゃんと二人で作ってくるよ。みゆきちゃん、とっても料理上手だし」
みゆきちゃんの方を見ると、彼女はちょっと照れたみたいでした。いい反応ゲットです。
「……え、まじ?いいの?」
由美ちゃんは真顔で喜んでいるみたいです。ある種の人間は真顔で喜ぶことができるようです。器用な彼女だからできる芸当です。
でも佳奈子ちゃんは、考え込む素ぶりを見せながら、苦いお茶を飲んだ時みたいに、渋い顔をしています。
「それは嬉しいけど……うちら、菓子パン暮らしに戻れなくなるかもよ……」
由美ちゃんもハッとした顔になりました。
「確かに、うちらじゃお返しもできないし……」
「所詮運動がちょっとできるだけの馬鹿だからねぇ…………由美は」
「それはあんたもだろっ!」
相変わらず元気な二人です。テニス部である二人は、運動が得意ですが、勉強はあまり得意ではないようです。いつも赤点をギリギリで回避しています。逆に言えばギリギリで回避できているという点ですごいのですが……。
みゆきちゃんが何かを思いついた顔で言いました。
「では、体育祭の日にしたらどうかしら。イベントのある日なら、お昼がいつもと違っていてもおかしくないし、私たちとしても作りやすいし……」
「それだっ!」
いきなり二人が大きな声を出したので、私はびくっとしてしまいました。私が普段日常では発しないレベルの音量を、彼女たちは頻繁に出すのです。
「でも、お返しはどうする?」
「それはまあ、『体育祭で頑張る』ってことで。そんくらいしかできることないし。いやーそれにしても体育祭ごときに本気を出すことになるとはねえ。久々に腕がなるよ」
「そうは言ってもなんだかんだ由美は去年も一生懸命走ってたじゃん。お返しにしてはレア度が足んないっしょ」
由美ちゃんはギクッとした顔をしました。彼女が頑張り屋さんなのは私もよく知っています。
「うーん、もうちょいちゃんとしたお返しがいいか……」
「そうだよ。七組が誇る美少女ふたりの手作りお弁当に、釣り合うお返しをしなきゃいかんでしょ――それもうちらができることで」
「うちらができることで、七組が誇る美少女ふたりの手作り弁当に釣り合うお返しか、なるほどなるほど…………って無理難題だろそんなん!」
二人は頭を抱えてうんうん唸っています。
「いいよ、お返しなんて……私たち、いつも二人にお世話になってるし」
私がそう言うとみゆきちゃんも頷きました。
「そうね。お口に合うかわからないけれど、食べてくれると嬉しいわ」
二人は照れたのか、ちょっと顔を赤くしました。みゆきちゃんにこういうことを言われたら照れちゃうのは仕方がないのです。
「う、うん。楽しみにしてる」
「二人の手料理は一生の自慢になりまする」
佳菜子ちゃんは両手を組んで神様に感謝しているようでした。神様は教室の天井のほうにいるようです。そんなに喜んでくれるなんて嬉しいなあ。
調子に乗った私は、さらに追い討ちをかけようとしました。
「みゆきちゃんの料理、本当に美味しいんだから。二人とも、覚悟しといてね」
それを聞いて、由美ちゃんが口を開きます。
「ってかさ、思ったんだけど、なんでこだまがみゆきの料理の味知ってんの?」
「うちも気になりました!」
確かに、それはまだ説明してませんでした。
「えっとね……」
「……一年の調理実習の時に一緒に作ったのよ。それより、由美さんと佳奈子さんの好きな食べ物を教えて欲しいわ」
私が話そうとすると、突然みゆきちゃんが口を挟んできました。彼女とは一年の時も同じクラスでしたが、調理実習で一緒だったことはないはずです。みゆきちゃんの方を見ると、余計なことは言うな、という目をしています。
本当は、みゆきちゃんに告白してもらった日に、大雨が降り出して、みゆきちゃんの家に泊めてもらったのです。その時に私は、みゆきちゃんの作った夕食と朝食を食べることができたのですが――そのことは言わない方がいいのでしょうか。
「うちはハンバーグ!」
「子供かっ!」
佳奈子ちゃんの手をあげながらの宣言に、由美ちゃんのツッコミが入ります。でもそのツッコミには、ちょっと納得がいきません。私はひとまずみゆきちゃんの料理のことを考えるのをやめて、箸を止めて反撃を試みることにしました。
「ハンバーグだから子供っぽいっていうのは違うと思うけど」
「いや、そういう意味じゃない、言い方だよ、言い方」
「うちはハンバーグ!!」
「言い方!」
私の勘違いでした。
ハンバーグが侮辱されたわけではなさそうなので、私はそっと胸を撫で下ろしました。
ただでさえ美味しいハンバーグ。それがみゆきちゃんの手にかかれば、革命的に美味しいのは、もはや疑う余地がないのです。私は佳奈子ちゃんの意見が通るのを期待しました。
でも二人の希望は、ちゃんと聞かないといけません。
「ごめんね、由美ちゃんの好きな食べ物も教えて欲しいな」
すると佳奈子ちゃんが手をあげました。
「ジャンジャン! 十八世紀ごろからドイツの港町ハンブルグで労働者に人気だった、挽肉にパン粉や玉ねぎなどを混ぜて焼いた料理をなんというでしょう? ……チッチッチッポーン! はい由美さん、回答をどうぞ!」
「……ハンバーグ」
「はい、決定ね」
「強行採決だ!」
佳奈子ちゃんのはあまりにも強引なやり方ですが、あと一押しという感じです。私もそれに乗じて懐柔を図ります。
「由美ちゃん、ハンバーグは嫌い?」
「別に嫌いじゃないけど……」
「だったら、どちらかと言えば、好き?」
「そりゃあまあ、どちらかと言えば……。っていうかこだまが聞くのはずるい気がする!」
「はい、じゃあ決定で」
「あんたは黙ってろっ」
二人がわちゃわちゃと口論を始めたので成り行きは任せることにします。
「こだまもハンバーグが好きなの?」
激しい応戦の横でみゆきちゃんがこっちを見て言いました。
「うん、大好き」
肉汁と弾力と玉ねぎの程よい甘さといったら、人類の最高傑作の一つと言っても過言ではない気がします。さすがハンバーグ。大人子供問わず広い世代に愛されているのも納得です。私はもうハンブルグ地方に足を向けて寝られません。
ここで私のハンバーグ好きの歴史を説明しましょう。私がハンバーグに出会ったのは、――
小学生の頃にはもう好きだったから、たぶん幼稚園に通っていた時か、そのさらに前でしょう。私の記憶が始まった時点で、すでに私はハンバーグが好きだったかもしれません。
幼稚園時代、遠足に行ったことを絵にした時、他の人たちは、太陽と、こちら側を見ながら笑顔で歩く何人かの人間、そして緑色の山々を描くのですが、私はお弁当のハンバーグを、真ん中に大きく描いた記憶があります……。
また食欲の話。
って……あれ?
みゆきちゃんが、こちらを見たまま固まってしまいました。顔がハンバーグの内側みたいに、ほんのりと赤くなっています。私は脈拍を測ってあげたくなるのを我慢しながら、何か変なことを言ったかを、思い出すことにします。
えっと、確か。
……うん、大好き。
たぶんこれなのですが、これに照れちゃうみゆきちゃんもどうかと思います。文脈からいって、ハンバーグのことを言ってるのは小学生でもわかります。幼稚園児でもわかります。こんなの国語の問題でも出ませんし、英訳だったとしてもそれほど難しくありません。いや、もしかすると、みゆきちゃんは頭が良すぎるので、逆にわからなくなっちゃうのかもしれません。
何はともあれ、普段はきりりとしているみゆきちゃんが、照れている様子はなんとも可愛いものです。私がこのまま照れてるみゆきちゃんを眺めるか、それともさらに攻勢を強めるかで悩んでいると、由美ちゃんの静かな声が聞こえてきました。
「うちも、ハンバーグでいいよ……」
「こだまちん! ハンバーグの平和は守られたなり!」
由美ちゃんはもうツッコむ元気もないようです。さすが佳菜子ちゃん、彼女もなかなかの策士です。
私が佳奈子ちゃんとハイタッチをしている時、みゆきちゃんは思い出したように動き始めました。なぜか彼女の周りの時間だけは止まっていたみたいです。
「じゃあハンバーグ、こだまと一緒に作ってくるから。二人は苦手な食べ物だったり、食べられないものとか、ある?」
……あ、そうか。私も一緒に作ることをすっかり忘れていました。料理はお母さんの手伝いとかをたまにするので、できないこともないですが、みゆきちゃんほど上手ではないと思います。それはみゆきちゃんの作った煮物を食べた時に、はっきりわかりました。私の作る煮物がギリギリ家庭の味だと主張できるかできないかのレベルであるのに対し、みゆきちゃんが作ったのは料亭の味、という感じだったのです(これは誇張ではないと思います)。なんというか、隙がない。強い人の指す将棋のようにきっちりしてます。
「んーうちは特にないかな」
「うーむ……松茸、とか」
それはあんたの食べたいもんでしょーよ、と由美ちゃんは力なく言いました。
「食べられないもの。それをどう定義するかによって答えは変わってくるでしょう。その辺に落ちている小石だって、口に入れて飲み込むことはできるのです。毒のある生き物だって、それを最初に食べた人がいるから『食べられない』とわかったのです。つまり、何が言いたいかというと…………私には好き嫌いがありません」
「前置きいらねーよ」
そう言って由美ちゃんはたらこのおにぎりを食べ終えました。
これでとりあえずは、みゆきちゃんと一緒にハンバーグを作ることが決定したのでした。
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