第14話


「ごめんなさい」

 私は頭を下げていた。次の日の朝、教室で。西尾さんの席に、東野さんもいた。いつもならこだまの席にいる二人が、今日はそこにいた。私の少し後ろには、こだまがいる。

「昨日は言いすぎたわ。謝って済むことではない気がするけれど、ごめんなさい」

 ――最近は謝ってばかりだ。

 私はぶれている。

 こだまと出会ってから、私は今まで正しいと思い込んできたことが、本当に正しいのか、自信が持てなくなってきた。私は私が物事を表面だけでしか見ていない可能性を、否定できなくなった。正しいと思い込んでいた行動が、実は的外れであった可能性が、今になって見えるようになってきた。

 ――もしこだまと話さなければ、私は一生そのことに気づかなかったのではないか。

 それはとても恐ろしいことに思える。

 頭を下げたまま返事を待っていると、ほっと、安堵するような声が聞こえた。

「いいよ。うちらが悪かったんだし」

 西尾さんは、親切にそう言った。

 いつもと違う、穏やかな声だった。

「初めは冗談のつもりだったんだけどさ、本当にやってくれるから、部活を言い訳にして、こだまに甘えてたんだよ、うちら」

「ほんとに、ごめんよ。私らバカだから何も考えてなかったよ」

 東野さんは真剣な顔で言った。それを聞いて西尾さんが続ける。

「それに、同級生にあんな面と向かってキレられたことなかったからさ。……嬉しかったんだよ。こだまのこと、真剣に考えてるなーって感じがしてさ。変かもしれないけど」

「確かにあれは、ジーンときた、ね。目が覚めたって感じ。授業中にやってくんないかな、あれ」

 西尾さんは笑いながら東野さんを小突く。

 ――何なのだろう、この余裕は。

 昨日から、ずっと思っていた。あれだけのことを言ったのに、こだまは二人との関係が崩れることを、心配していなかった。むしろ、何か、確信しているような感じだった。放課後の、こだまの爽やかな顔が思い出された。

 友情のなせる業なのだろうか。その確信は。

 私にはまだ、わからない。

 でも少し、気づけたことはある。

 彼女たちは強い。そして、しなやかだ。彼女たちは、人を許すことができる。許せなくて、ぶつかってしまう、弱くて脆い私とは違って。勝手にこだまを守った気になっている、私とは違って。

 ――「友情」か。私に足りなかったのは、それかもしれない。

 こんな、三人のような。

「じゃあさ、みゆきちゃん。お昼、一緒に食べない?」

 後ろからこだまが、二人に顔をのぞかせるようにして言った。二人も、じっと私を見つめてくる。

「いいの?」

「もちろん」

 西尾さんが微笑んだ。

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