第七十六話 行方不明の天才魔術師
「クリスが行方不明?」
「そうなんだよ、ここ二週間くらい姿が見えないんだ。魔法研究棟の奴らに聞いてみても、それくらい前から出てきてないって話だ」
体育祭も間近に控えたある日のこと。
リーゼロッテをハルのクラスに送った俺は、ハルの横に控えていたラルフから声を掛けられた。
少し話がしたいと言われたので、リーゼロッテたちから少し離れた位置で立ち話をしていたのだが。
出てきた話題がこれである。
「アランが最後に会ったのはいつだ?」
「俺も二週間くらい前だな。エミリーの装備を受け取った時だ」
クリスは研究室に引きこもっているので、一週間や二週間顔を合わせないことも普通にある。
授業も免除で、気分転換に出席するくらいのものだ。会おうと思わなければ、学内で顔を合わせることすらないのだ。
「そうか……アランの方で、あいつに何か遠方の仕事を振っていたわけじゃないんだよな?」
「ああ。最近だと大きな案件はウィンチェスター侯爵家か、秘書のマリアンネを通していたからな。近ごろクリスに任せていたのは開発関係だけだ」
商会を立ち上げた当初は予測収支を作ったり、出店計画を練ったりと、クリスには経営者の仕事をしてもらっていた。
だが、研究開発はクリスにしかできないのだ。
今となっては開発以外の雑事を、俺が事業に入ることを承認した貴族たちや、その貴族たちが用意した業者に任せている。
現状でクリスに対し、俺の個人的な依頼以外はしていなかったはずだ。
事情を知らないと見たのか、ラルフは少しだけ肩を落として言う。
「そうか。それならマリアンネ嬢にも確認してみてくれないか?」
「分かった。帰ったらすぐに聞いてみる」
魔道具販売は「レインメーカー子爵の事業」と認識されているのだから、大抵の案件は俺の元を経由することにもなる。
殆どの案件は俺かマリアンネが管理しているのだから、彼女に聞いてみれば分かるだろう。
ダンジョン用の装備を始めとしてクリスに作ってもらいたい物がたくさんあるので、時間がかかる案件など振りたくはない。
マリアンネにしても、今クリスを出張させたら俺にはデメリットしかないことが分かっているはずだ。
そもそも研究の拠点が学園内にあるので、長期間帰ってこないことがおかしいし、これはクリスの身に何かがあったと見るべきだろう。
とは言え、そこまで長期間で拘束されるような案件など、そうそうあるものではない。調べればすぐに分かるはずだ。
「にしてもラルフ、お前クリスと仲が良かったのか?」
そう思い、すぐにクリスの仕事を調べようと決めたのだが。
……その前に、また「原作」と乖離している部分があることに気が付いた。
「そうだな。出会ったのは入学してからだけど、今はそれなりだ。会えば話はする仲だよ」
「ふーん」
「原作」でラルフとクリスの接点はごく薄いはずなのだが、どこで仲良くなったのだろう。
俺が訝しんでいると、ラルフは苦笑いをしながら続けた。
「メリルの奴を撃退するとき、結構な頻度で近くに居たからさ。気になって話かけてみたんだよ。そしたら意外と気が合ったんだ」
「ああ、なるほど。そういうことか」
クリスには、メリルの友達になってほしいと頼んでいた。
メリルがハルに接触しようとするタイミングで声をかければ、クリスとラルフがバッティングすることもあるだろう。
俺が納得していると、ふとラルフの身振りが止まり。
その後顎に手を当てて、何か考え込むような仕草を見せた。
「えっとだな。クリスで思い出したんだが……」
「何だ? クリスが消えたことに、何か心当たりが?」
「いや、全く別件だ。むしろアランの話だ」
「俺の?」
ラルフは非常に言いにくいことを言うように言い淀み、俺に顔を近づけてから小声で囁く。
「なあ、アラン。お前夏休み前にさ、旧校舎で女装をしていな」
「何をバカなことを。クリスの身に何かあったかもしれないってのに、そんな与太話をしている暇があるのか?」
「えっ、ああ、いや……そうだな」
「だろ? じゃあ俺はマリアンネに確認してくるから」
悪役令嬢の取り巻きが、ヒロインに攻撃するイベントを進めていた時のことだろう。
リーゼロッテ、メリルの双方に友人がいなかったので、俺が女装をして一人四役を演じた事件があった。
着替える前にラルフと鉢合わせしてしまったので、クリスを召喚して有耶無耶にしたのだが――目の前の騎士見習いは、そのことをバッチリ覚えていたようだ。
深く追及されては敵わないので、俺は
「お、おい! 今から行くのか? 午後の授業はどうするんだよ!」
「サボ……早退する! リーゼロッテとハルのことは任せたぞ」
「ちょっと待て、おい、アラーン!?」
攻略対象のクリスが二週間も姿を消しているなど、俺にとっても物語にとっても一大事なのだ。
慌てるラルフを捨て置き、俺は急いで公爵邸へと向かった。
昼過ぎに公爵家へ帰宅した俺は、すぐにマリアンネの姿を探した。
彼女の定位置は公爵邸の迎賓館である。国外からの使節団を迎えることもあるくらい、広くて荘厳な造りになっている場所だ。
現在は株式会社魔道具屋(仮)の事務所として間借りさせてもらっており、一応ここが本部になっている。
そして、俺の私兵の中でも精鋭――腕が立つことよりも一般常識があることを重要視した――を十数人置かせてもらっていた。
事案の定デスクで仕事をしていた彼女は、学校の時間にも関わらず帰還した俺に驚いた様子だったが。
クリスの件を伝えると、すぐに真剣な顔になる。
この様子を見る限り、どうやらマリアンネの方でもクリスの行方に心当たりは無いようだ。
「事業の中核は、間違いなくクリスさんです。敵対派閥から狙われた可能性がありますね」
「その線が一番あり得るな……どうするか」
「まずは情報を集めましょう。クリスさんの研究室に手がかりがあるかもしれません」
言われてみれば確かにそうだ。
俺とマリアンネを経由せず、クリスの元に何かしらの依頼が来ていたとしたら。そこには依頼票なり手紙なりが遺されている可能性が高い。
もし何も見つからなければ、下校中に攫われた可能性や、闇討ちをくらった可能性も出てくる。
しかし、全ては調べてみてからの話だ。
今の段階では考えても無駄だろう。
「しかし、クリスさんの研究室にはセキュリティが敷かれている可能性が高いのですが。アラン様は鍵をお持ちですか?」
「いや、そういう物は貰っていないが……そういやそうだな。防犯対策はしてあるとか言っていた気がする」
「並みの者では突破できないでしょう。少々お待ちください」
俺が首肯すると、彼女はすぐに手紙を書き上げた。
そしてそれを、魔道具屋(仮)の従業員に渡して言う。
「これを。至急でウィンチェスター侯爵邸まで届けてください。護衛は一個小隊を連れて、一時間以内に、確実に届けるようにお願いします」
「お任せください」
「では次。クリスさんの実家……アーゼルシュミット伯爵家へ使いを出します。屋敷に居ればよし。居なければ、最後に姿を見た日を確認してください」
「畏まりました」
マリアンネが次々と指示を飛ばし、命令を受けた部下たちが順次仕事を始めた。
金貨六百枚。
平均年収の三倍という高い給金を支払っているだけあって、本部の人間は誰も優秀なようだ。
対貴族との折衝だけでなく、今や人事や給料関係のことも全てマリアンネに丸投げしている。
俺よりも上手く回せているのだから、適材適所だ。
まだ十四歳だというのに、既に大物の貫禄を漂わせて仕事をしている彼女は非常に頼もしい。
俺は暫しの間、そんあマリアンネの采配を横で見ていたのだが。
数分経って。
一通りの指示を出し終えた彼女は再びこちらを向いた。
「……さて、援軍を呼びました。アラン様は学園にお戻りください」
「援軍だって?」
「ええ、ウィンチェスター侯爵家の魔道具開発事業で責任者をしている者です。同じ魔道具師ならば、警備も解けるかと思います」
手配が終わったというのだから、これ以上ここに居ても仕方がない。
俺はまた、すぐに学園へとんぼ返りすることになった。
さて、俺は再び学園に戻り、ラルフと共にクリスの研究室を訪れていた。
リーゼロッテとハルを巻き込むわけにはいかないので、二人は騎士団や隠密に任せて、ラルフには護衛を休んでもらった形になる。
そして、クリスの研究室前で待っていると――予想外の援軍が現れた。
遠くから小走りでやってきた小柄な少年は、俺たちに手を振りながら駆け寄ってくる。
「え……? 援軍って、お前だったのか!?」
「うん。ウィンチェスター侯爵家で魔道具開発の責任者をやっているの、ボクだから」
確かに高い魔法適正を持っており、魔道具事業にも関わってはいるだろうと思っていたのだが。
マリアンネが呼んだ援軍とは、パトリックのことだったらしい。
まあ、最初から「パトリックを呼びました」と言われるよりは、専門の技術者を呼んだと言われた方が安心できるのは間違いない。
この辺りはマリアンネの気遣いだろうと思い、俺も手を挙げてパトリックを出迎えた。
「よお、パトリック。よく来てくれた」
「マリアンネから呼び出しを受けたんだけど、詳しいことは何も聞いていないんだ。……義兄さん、何があったの?」
パトリックが俺を義兄と呼んだことにギョッとしているラルフは置いておき。
俺はここに至るまでのあらましを、簡単に説明することにした。
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