やっちまえ! お嬢様!! ~転生して悪役令嬢になった当家のお嬢様が最強の格闘家を目指し始めてしまったので、執事の俺が色々となんとかしなければいけないそうです~
第五十八話 お義姉さまとお呼びしたい 前編
第五十八話 お義姉さまとお呼びしたい 前編
その後暫くして。俺たちを応接室に案内した老執事から表へ案内された俺たちは、ワイズマン伯爵家の庭園に移動することになった。
正確には、庭園の中央に作られた屋外テラスだ。
俺たちが着いた時には先客がおり、今俺の前では、非常に可愛らしい少女が椅子に腰かけていた。
ブリュネットの髪色をしたロングヘアをそよ風になびかせ、楚々とした振る舞いを見せる伯爵令嬢。
彼女が俺の婚約者にしてヒロインの親友、エミリー・フォン・ワイズマンだ。
それにしても、涼し気な風が吹き、様々な花が咲き誇る中でのお茶会とは風流である。今日は天気も良く、顔合わせの席としてはいい雰囲気だと思う。
そんなことを考えながら、俺は自己紹介から切り出した。
「アラン・レインメーカーと申します。エミリー様におかれましては、ご機嫌麗しゅう」
「エミリー・フォン・ワイズマンと申します。お会いできたことを嬉しく思います」
さて、ここからどうやって、メリルの話まで持っていくか。一応伯爵から後押しはあったはずなので、そう悪いことにはならないと思うのだが。
……まずは謝罪から入ることにしよう。
俺は席につくなり、座ったままの体勢で、テーブルに着くかつかないかくらい深く頭を下げる。
「まずは、先日の一件での謝罪を。傷つけてしまったことは想像に難くありません。申し訳ございませんでした」
「事情は伺っています。気にしていませんので、アラン様もお気になさらず」
「そう仰っていただけるとありがたいです」
よかった。和やかに話ができる雰囲気だと、俺はほっとする。
そう思ったのも束の間、エミリーはすっと、俺の隣に座るメリルへ目線を送った。
「ただ……」
「ああいえ、メリル嬢はおまけですよ。ほんのついで。これからの学園生活について、相談事があったものですか……らっ!?」
メリルこの野郎! ハイヒールの踵で俺のつま先をぐりぐりと……ぐああ、痛え!
と、俺は机の下で行われている攻撃に悶える。
エミリーには動揺を見せないように笑顔をキープしつつ、俺は隣で微笑んでいるメリルの方を向く。
何故こんなマネをと聞きたいが、エミリーの手前できるはずもない。
このタイミングで攻撃を仕掛けてくるとは、オマケ扱いがそんなに頭に来たのだろうか?
俺から視線を送られたメリルは座ったまま会釈をし、にっこりと微笑んでエミリーに話しかける。
「メリル・フォン・オネスティと申します。お二人の顔合わせの席へ、無粋にも同席させていただいております。どうかお許し下さい」
「あ、いえ。こちらこそ。メリル様の件も、お父様からお話は伺っています」
「は、はは……あの。これからの、学園生活のことなのですが」
「ええ、アラン様を通じて殿下、リーゼロッテ様のお二人とご学友になり……メリル様とも親しく付き合ってほしい。とのことですね。私は歓迎致しますよ」
よかった。エミリーは本当にいい子だ。
顔合わせの席に他の女性を同席させたことを、微笑み一つで受け入れるとは。何という度量の広さだろうか。
意外と嫉妬深いリーゼロッテなら、罰として地獄のトレーニングを課してくるところだろうし。
メリルを相手に同じことをした場合にどうなるかは、今もテーブルの下で行われている攻防を見れば容易に推測できる。
仮に俺の立場にいるのがアルヴィンで、対面に座っているのがメイブルなら語るも恐ろしい惨劇が始まってしまうだろうし。
俺が知っているスラムの女たちならば、一旦ブチ切れた後で金銭を要求する場面である。酷い奴なら後々まで
あの魔王のようなワイズマン伯爵から、何故こんな天使のような子が生まれてきたのだろうか。まさに神の悪戯としか言いようがない。
俺は久方ぶりに神へ感謝を捧げてから、思考を中断して会話を再開する。
「助かります。エミリー様には感謝の言葉もありません」
「いえいえ。婚約者となったのですから、アラン様も気軽に接してくださいね?」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
「ふふっ。言っている傍から、言葉遣いが硬いです。……私もですが」
「あ、ああ。これは……慣れるまで、少しかかりそうですね。ははは」
マジでいい子だ。この子が彼女をすっ飛ばして、未来の俺の妻となる子だとは。
ああ、幸せにしたいという欲求がとめどなく溢れてくる。彼女のためなら何だってできそうだ。
そんな風に、俺は多幸感を感じて浸っていたのだが。そう言えば彼女にプレゼントを作ろうと思っていたのだと思い出し、居住まいを正した。
「さきほど、ワイズマン伯爵からエミリー様の好きな花を伺いました。プレゼントをお渡ししたいのですが、一輪手折ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
席を立った俺は庭園から花を一輪手折り、魔力による力場を形成。圧力をかけながら水魔法を発動し、平らにしたスミレの水分を徐々に抜いていく。
これは水魔法の応用版だが、中級レベルが扱える人間ならミスなく行える範囲でもある。
さて、十分に水分が抜けたら台紙の上に貼り、ごく薄く土魔法で膜を張る。ここで丁寧に弱火の火魔法をかけて、ラミネート加工だ。
なるべく優雅に見える所作で花を手折り、目の前で押し花にする。
これはこれでロマンティックじゃないか? イケる。イケるぞこれは。
と、俺が内心で自画自賛を始めてから数十秒後。
「完成です」
「まあ」
「これも先ほど伯爵にお話をした内容なのですが、事業に成功しましてね。もう少しすれば、どのようなプレゼントでも贈れるのですが……今はこれでご容赦下さい」
「ありがとうございます。大切にしますね」
頬を朱に染めるエミリーに、俺は内心舞い上がっていた。
話から置いてけぼりにされたからか、メリルは微妙な表情をしていたが……。
まあいい。言った通り、メリルはオマケなのだ。
今はエミリーだけを見ていよう。
その後は雑談である。和やかな歓談が続き、良い雰囲気のまま俺たちは解散した。
送迎の馬車を出してくれるというので、メリルとは伯爵家の正門で別れたのだが。彼女は終始微妙な表情だった。
何かを言いかけて、やっぱり止めて。一度伯爵邸を振り返ったかと思えば、別れの挨拶もそこそこに、足早に帰りの馬車へ向かって行く。
ははは、俺とエミリーの仲に妬いているのだろうか。
ハルは渡せないが、君にもきっといい人が見つかるさ、うん。
と、俺は優越感にも似た感情を抱きながら帰路につく。
が、結論から言えば、この推測は全くの的外れだった。今日、この顔合わせの席の裏で様々な事態が進行していたのだ。
俺が知らないところで、とある思惑が進行していることなど、俺には知る由もなかったのである。
知ったところで何が変わるわけでもなかったのだろうが。俺の受難が加速した日であったことは間違いないな、と、後に振り返って思う。
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