第五十七話 俺が何の対策もなく、魔王城に乗り込んでくると思ったか!



「先日の一件は既にお聞き及びと存じますが。本日はその後始末と、これからの動きについてのご相談に参りました」

「……ほう。相談とな?」

「はい。メリル嬢に対する、今後の扱いについてです」



 お願いではなく、あくまで相談という形を取る。これなら無駄に借りを作ることもあるまい。

 まずはそういう角度から話を切り出した。



「メリル嬢はあくまで、殿下と友好関係を築きたいという考えで行動したそうです。社交に不慣れなため失礼を働きましたが……ここで彼女に一定の寛容を見せることで、殿下の器の大きさをアピールできる、いい機会になるかと」



 ハルの度量を見せつけるという意味でもそうだが。実際にはデメリットを消す意味の方が大きい。

 そもそもの原因がメリルにあるとは言え、これでメリルへのイジメが起きたら政敵からリーゼロッテの関与を疑われる。

 ……という流れになることくらい、ワイズマン伯爵なら分かるだろう。


 断罪イベントのときにさらっと触れられるくらいだが、「原作」でも悪役令嬢の意向を汲んで勝手にメリルを攻撃していた下級貴族がいた。

 「原作」通りに取り巻きがイジメを始めるかは分からないが。リーゼロッテの足を引っ張る輩がいて、第一王子派閥筆頭のクライン公爵家の名に傷が付くのは、派閥の人間としてはマイナスな出来事だろう。

 その辺りは政治力学というやつで、俺よりも伯爵の方がずっと詳しいし、理解も及ぶところだと思う。


 一瞬考える素振りを見せた伯爵は、すぐに仕切り直して言う。



「話を聞く限りでは粗忽者という印象が強いが」

「その点はご安心を。不調法という点では、リーゼロッテ様の方が飛び抜けています。メリル嬢は修正可能なレベルです」

「レインメーカー子爵。仕えている主にその物言いは……いや、そもそもそれは安心できる要素ではなかろうよ。本当に大丈夫なのだろうな……」



 ワイズマン伯爵は疑わし気な表情だが、大丈夫。メリルは損得勘定に聡い方だ。

 貴族的な振る舞いをした方が得だと判断すれば、上手くやるだろう……多分。



「エミリー様は殿下、リーゼロッテ様両名のご学友となれるように、私からご紹介致しますが。あのような出来事があったので、お二人とメリル嬢を直接引き合わせる訳にも参りません。そこで……」

「なるほどな。お二人の友人となったエミリーの友人に据えることで、間接的に友好を示す、か」



 このおっさんは話が早くて助かる。つまりはそういう名目だ。


 いくらなんでも、エミリーに直で「メリルを紹介したい」と伝えても、「何で?」と言われるだけだろう。

 面識も無ければ派閥間の付き合いがあるわけでもない、入学早々に問題行動を起こしている人間を、何故紹介するのか。

 疑問と不安しか沸かないはずだし、不信感も募ることだろう。


 だが、明確な理由付きで、しかも父親であるワイズマン伯爵の理解があっての上ならば、自然な形で紹介に持っていける。

 後はメリル次第だが、エミリーは主要な人物の誰とも面識がない状態だろうから、「原作」の知識を駆使して仲良くなれるのではないか。という目論見である。



「殿下、リーゼロッテ様の両名と親交のあるエミリー様が仲良くしているとなれば、無下に扱っているとは思われないはずです。無用なトラブルを回避するにはいい手かと」

「確かにそうだが、それはエミリーがお二人と友人になれたらの話であるし、そこのメリル嬢と上手く付き合えたらの話でもある」

「私はエミリー様と面識がございませんが。お二人の人柄を知る身として、友人付き合いに不安はないと判断しています。メリル嬢とは……実際に話をしてみるまでは、何とも」

「…………物は試し、か。だが、彼女の行動でエミリーが不利益を被るようであれば、家としての対応を考えねばならない。それは良いか」



 ……まあ、メリルの行動は不敬罪ものだった。巻き添えにされては堪らないと思うのも仕方がない。

 だが、あれだけやらかした後で「物は試し」と言ってくれる辺りは、娘の婚約者である俺の顔を立ててもらっていると思っていいのだろうか?

 そうだとすればこの伯爵、意外と気遣いの人なのかもしれない。



「それで構いません。当然のことです。何かあれば私の方で対処致します」

「子爵が絡むと大事になるから注意しろと、クライン公爵から伝え聞いているのだが……」



 信用ねえな!? 俺がいなかったら、今頃公爵家がどうなっていたと思っているのか。

 ……野郎。これは帰ったら公爵様とお話をしなければいけないか。


 それは後で考えるとして、今は目先のことに集中しよう。



「エミリー様は、恐れ多くも私の婚約者となりました。将来の妻となる女性に、要らぬ苦労などさせません」

「貴殿は、貴族の世渡りは不得手であるようだし。領地が無ければ、経済的にも苦労するだろう。…………信じてよいものかな?」



 唐突に、ワイズマン伯爵が父親の顔になった。

 別名「可愛い娘に苦労させたら、どうなるか分かってんだろうな」モードだ。

 大方俺に甲斐性が無いと判断した瞬間、公爵家と波風を立てずに切り捨てる算段でも立てているのだろう……が。



 ふ、ふふ。


 ふはははは!


 馬鹿め! 俺が何の対策も無しに、魔王城に乗り込んでくると思ったか! その点は対策済みだ!

 ようやくワイズマン伯爵から一本取れると確信した俺は、内心で高らかに笑い声を上げながら、持ってきていた鞄の中から書類の束を取り出した。



「ご安心を。こちらをご覧ください」

「……これは?」

「投資していた事業で大きな利益が出そうなので、こちらもまずはご報告をと」



 ……こんなこともあろうかと、持ってきておいて正解だった。

 この一週間でクリスに用意してもらった、株式会社魔道具屋(仮)の収益予測資料。

 むしろ、これを待っていたから作戦の決行までに一週間も要したのだ。

 資料をぱらぱらと捲るワイズマン伯爵の顔が、徐々に伯爵モードへ戻っていく。


 それはそうだ。

 魔道具を数万個単位で量産したとして、俺とクリスだけで販路の開拓なんてことができるわけもない。販売する上ではいくつもの商会や貴族が絡むことになるだろう。

 ……これは利権だ。大貴族たちでも、喉から手が出るほど欲しがるほど大きな。


 取り敢えずは現時点で量産体制が取れそうな魔道具数点の資料だが、これだけでも侯爵家の領地収入を余裕で超える利益が見込まれている。

 更に言えば、俺は将来的にそれなりのポストで働いてもらいたいと、陛下から勧誘されている身である。

 そのリクルートがおじゃんになったとして、リーゼロッテが無事学園を卒業した暁には、公爵家へそれなりの報酬を要求できるし。何なら執事として雇用の継続を頼んでもいいだろう。


 どこを取っても経済的には、まずもって安泰だ。

 婚約の絡みで将来の話は絶対に出ると思っていたので、事前に対お義父様まおうさま用装備を用意してきて、本当に良かった。



「この資料は後でじっくりと精査するとして……実現可能な販売計画なのかね?」

「公爵邸に施工された品物については、稼働から三年ほど経った今も問題なく機能しています。仕上がりにはリーゼロッテ様も公爵夫妻も大変満足されているようです。そこに改良まで加えた廉価商品なので、商品だけを見れば間違いないですね」

「下手な妨害に遭わなければ、な。……それ見たことか。舌の根の乾かぬ内に大事になったぞ」



 ワイズマン伯爵は再度溜息を吐くが、こればかりは俺が知らない場所で計画が進行していたのだ。俺に文句を言われても困る。

 まあ、第一王子派閥で適当に販売の利権を分け合えば、みんなでハッピーになれるだろう。

 俺とクリスで事業を独占できなかったとして、クリスに製造と卸売りだけ担当してもらうか。はたまた製造方法をどこかに売却するか、特許による上前だけを受け取るか。色々とやりようはある。

 独占よりもむしろ、方々に利益を配るくらいに収めた方が、無駄な恨みは買わないだろう。



「第一王子派閥の中にも、魔道具の製造を収益の柱にしている家はあるというのに。はぁ…………エミリーの友人関係よりも、今はこちらの方が急ぎか」

「それが良いかもしれませんね。エミリー様には、近いうちに殿下とリーゼロッテ様にお引き合わせすること。メリル嬢と学友になるメリット、デメリットだけお伝えくだされば、後はこちらで話し合います」

「メリル嬢については、友人付き合いをしろと言い含めた方が助かるのだろう? それも伝えてくる。追加で茶菓子を用意させるので、暫しお待ちいただこうか」



 そこまで言ってくれるならば、非常に助かる。

 いや、本当に話が早い。

 ワイズマン伯爵はこちらの意図を察して最適な行動を理解してくれるので、阿吽の呼吸と言ってもいいくらいスムーズに事が運んでいく。


 肩の荷が降りた俺は残っている茶菓子を口にして、リラックスモードに入ろうとしたのだが。席を立った伯爵が立ち止まり、唐突に視線を俺に戻してきた。



「ところで子爵、最後に一つ聞きたい」

「はい」

「メリル嬢を、側室に据えるつもりなのか?」



 このタイミングでの不意打ちに、俺は一瞬思考の空白を迎え、今まで俺の隣で空気と化していたメリルは、口に含んでいた紅茶を噴出していた。



「まさか。そのようなつもりはございません」

「……本当に?」

「ははは、婚約者との顔合わせ前から側室のことを考えるなど、不義理もいいところです。現時点では重婚など、ええ、全く考えてはおりません」

「ははは、そうであろうな。もし、そうであったら…………いや、そうでないなら、この先は止そうか」



 意味深な言葉を残し、ワイズマン伯爵は今度こそ席を立った。


 ……油断していた。

 このおっさん相手には、いついかなる時、どんな状況でも気を緩めてはいけない。そう再確認した。


 まあ、いいだろう。俺は側室が欲しいなどと欠片も思ってはいないし、今のところは理想以上の流れで進んでいる。

 後はエミリーとの話し合いを上手くやるだけだ。


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