第五十五話 お嬢様式世渡り術
提案に入るにも、前振りが必要だ。
突拍子もないことを言うので、焦らして勿体付けて、メリルの興味を引かなければいけない。
「もう一度言う。俺はメリルがハルを狙うなら協力はできない。これはいいか?」
「非常に、遺憾ながら」
「では改めて。ハル以外に限り、相手が第二王子だろうがモブキャラだろうが、他の攻略対象だろうが関係なく、ハッピーエンドを迎えさせてやる。物語をきっちり成立させた上で、お前が選んだ奴とくっつけるように全力でサポートしてやるよ」
「……さっきまでと何が違うって?」
「全然違う。別物だ」
そう、別物だ。全くの別物。
先ほどまでの俺は、嫌々ながらにメリルの後を付いて行き、物語が破綻しそうならフォローしよう。それくらいの考えだった。
これから先はこの俺が、どんな人間でも陥れ……もとい、メリルと恋ができるように誘導してやろうという話だ。
「まず、メリルの武器だっていう原作の知識はもう殆ど使えない。クロスが嘆いて悲鳴を上げるくらいには、ぶっ飛んだ世界になっちまったからな……そうだろ?」
「それは、まあ、そうね」
「でだ、ヒロインチートとかいうのは、相手を追跡する力と、選択肢で相手の好みの返答を選びやすくなる……言うなれば、好感度を上げるサポートの力でしかないわけだ。イベントが発生前に潰されたり、イベントを起こせる環境になければ無力ってことになる」
それこそ先ほどのクリスや、ここ数日のラルフがいい例だ。
時間が無いからヒロインと会う時間が取れないなどと言われてしまえば、イベントなど起こしようがないし。お昼デートに誘う前に気絶させられては、もうどうしようもない。
特にラルフについては、ハルと
回避のしようがないため、イベントで好感度を稼ぐのは難しい状況にあるわけだ。
「分かってる。ここ二、三日で十分に理解した。それで?」
「だから、ここからは乙女ゲームを無視する」
「…………はぁ?」
「攻略がどうとかフラグがどうとか、全部ぶっちぎってしまえ。イベントに頼らず、人間として好感度を稼いでいくぞ」
メリルは多少驚いた顔をしているが、今更何を驚くというのか。
ここは「乙女ゲームの中」ではなく、「乙女ゲームの世界観を基にして生まれた世界」だ。
乙女ゲームに非常に似通ってはいるが、あくまで現実。少なくともメリル以外の人間は全員そう考えているし、乙女ゲームのことなど知る由もない。
「ここから先は、ここがゲームの世界だっていう認識を捨てろ。選択肢とかイベントに頼るって発想を捨てて……現実と同じように恋愛しろ。それを俺が、手伝ってやると言っているんだ」
自分のことが好きでもない相手に、「イベントをこなしたから付き合って」などという理屈は通らない。
誰かと付き合いたかったら、メリル本人を好きになってもらえるように振る舞い、ここを本物の世界として生きていけ、ということを言っている。
つまり、イベントがどうとかではなく。俺が
本望だろう。楽に手に入る幸せを捨てて、乙女ゲームに殉じて燃えるような恋がしたいと言うのなら。
この提案にはむしろ、諸手を挙げて歓迎してもらいたい。
「お前は
「理解したから何ができるの? 今、この状態から」
「何ができるって、何でもできるさ。さっき自分でも言っただろうが。俺たちは自由だ。何だってできるんだよ」
「私が知りたいのは具体的な方法よ」
それはそうだろう。
これからする俺の提案とは、まさに
もう少し時間を置け、もう少し焦らせと。俺はメリルの顔色を見て、切り出すタイミングを伺う。
「まあ、そこは任せておけって」
「リーゼロッテの執事をアランに任せていたから、この世界がこうなったのよね?」
「ああ、あのお嬢様にとっては最高の世界だろ?」
「そりゃあ……そうかもしれないけど」
「そうだろ? 俺が色々考えて、色々やらかした結果がこの世界だ。色んな人間の運命を二転三転させてきたんだから、もう一回転くらいさせてやろうじゃねーの」
もう俺は色んな爆弾を抱えているのだ。
乙女ゲームをプレイして、未来を知っていること。
リーゼロッテが格闘家になる道をこじ開けたこと。
ハルの人格やら生き様を変える一因になったこと。
ハルが変わった結果、ラルフと熱い友情で結ばれるようになったこと。
公爵家の裏金資金ブーストで、クリスの攻略難易度を爆上げしたこと。
「原作」通りに進んでいたイベントを、潰そうとしたこと。
「原作」にはいない、エミリーという婚約者を作ったこと。
「原作」で健在だった伯爵家を、お家取り潰しにしたこと。
その他、公爵邸の人間やスラムの連中、ハルの護衛たちや国王陛下など、築いてきた人間関係の色々。全てが「原作」と違う人生だ。
全部ひっくるめて、俺はもうどうしようもないくらい
今更爆弾が一個や二個増えたからといって、それがなんだと言うのか。
それこそ誤差の範囲だろう。
「だからその方法を――」
「お嬢様が」
重ねて言うが、やってやる。
ここまできたら、やっちまえ。
ああ、俺の人格が変わった原因はリーゼロッテなのだろう。
だったら今回は、
見晒せ。アランの流儀でもない、世紀末式でもない。
今ここに誕生した【お嬢様式世渡り術】を見せてやる。
「うちのお嬢様が、いいことを言った」
「……」
「公式設定で登場人物の職業や行動が確定するまでの間は、「格闘家をしている悪役令嬢」と「格闘家をしていない悪役令嬢」どちらの可能性も残されている、とな」
「何それ」
取り敢えず、涙は引っ込んだようで何よりだ。
メリルが本気で怪訝そうな顔をしているが、まずは話を聞いてほしい。
「説明書やらガイドブックに書いていなかったこと。要するに……原作で描写されない場面、設定されていないことに限り。攻略対象やモブキャラがどこで何をしているかなんて、一切自由なんだよ」
「……いい加減結論を言ってよ」
焦らすのもそろそろ限界だ。これ以上は怒るばかりで効果はないだろう。
そう判断した俺は、提案内容に切り込む。
「この場合は「シュレディンガーのアラン」か、「シュレディンガーの友人」か? まあ呼び方はどうでもいい。つまり、現状では「ヒロインの親友であるアラン」と「ヒロインの親友じゃないアラン」……どちらの可能性も残されてるってことだ」
俺がそう言えば、メリルは一瞬呆けた顔になったが、すぐに俺が言わんとしていることに気が付いたらしい。
「……は? それってつまり……アランが私の親友ポジションになるってこと!? そんなのおかしいでしょ!」
「何が
「!?」
親友ポジションにはエミリーが座っており、それ以外の友人らしき人物など、姿も形もなかった。「原作」では確かにそうだった。
……で、それが何か?
現実じゃ、誰が誰とつるもうが自由だ。自由と言うのはそういうものだ。
いや、何だったら「原作」ですら完璧に回避してみせる。
「書いてねえよなぁ……「アランはヒロインの親友じゃない」なんてこと、公式設定資料のどこにも書いてねえよなあ……!」
「あ、当たり前でしょ、そんなこと! アランは攻略対象なんだから!」
「攻略対象が、友人であってはならないというルールなどない」
「原作」のラルフだって友人のような気安さで接しているのだから、友人から恋人になる過程があったとして、何がおかしいというのか。
そもそもエミリーとの親友endだって、きちんと存在しているではないか。
「アランは街に行かなきゃ会えないだけで「学生じゃない」とも書いてない。更には職業が不定だからな、「権力者とお近づきになるために、公爵家で働いている」かもしれない。ああ、この学園に通っているのも、貴族のボンボンと知り合うためかもな」
「め、滅茶苦茶よ! ヒロインの親友はエミリーだって決まっているし、アランは三つも年上だし……公爵家との絡みなんて、原作で一度も出てこない。明らかに無理筋じゃない!」
俺は一気に捲し立て、メリルは困惑した表情を浮かべる。
それがどうした。俺は勢いのまま喋り続ける。
「そう思うならそうなんだろう。お前の中ではな! だがヒロインの親友がエミリー
公式ガイドブックの設定資料にも、今言ったことを否定できるような内容は一切、一言も書いていない。
いくら疑わしくとも、公式に設定されている内容と正面からバッティングしなければ「原作」から乖離しているわけではない。
つまりはそういうことだ。
「そんな言い分が通るわけないでしょ! 私をからかっているの!?」
「俺は本気だ! ああもう、前からずっと言いたかったんだ!」
そうだよ。リーゼロッテの行動や言動に毎度の如く胃を痛めて、メリルに対しては罪悪感を抱いてモヤモヤする。
どうしてこんな状況を受け入れる必要があるというのか。
「原作と違うからどうした。それで一体何が悪い! 今、俺は学生で公爵家の執事なんだ。この現状と、現実にある原作が食い違っているのなら……
何故俺たちが、乙女ゲームとかいう台本に縛られなければならない。そんな呪縛は、今ここで断ち切ってくれるわ!
そんな思いを込めて、俺は一気に捲し立てた。
俺の堂々たる宣言を目の当たりにしたメリルはポカーンとした顔を浮かべるばかりで、餌を待つ魚の如く、口をぱくぱくさせている。
後先何も考えず、思うがままに言いたいことを言い、やりたいと思ったことを貫く。その過程にどんな障害があろうとぶっ飛ばしてしまえ。
やっちまえ精神。これが【お嬢様式世渡り術】だ。
……まあ、実際に全てを無視したら世界再誕が行われると思うので、あくまで俺の本音がそうだというだけなのだが。
言いたいことを言えてすっきりした。今は非常に晴れやかな気分だ。
「てことで、原作通りに物語を進めつつ、明らかに原作から外れた動きをしていこうと思う」
「いや、でも、アランの設定は……」
「原作の設定から外れた元攻略対象? 違うね。俺は今でも現役バリバリの攻略対象で、ただ原作で描写されていないシーンがクローズアップされているだけだ」
「えー……」
「いいんだよそれで。俺は物語の設定から何ら外れることなくヒーローをやっている。原作で言及されていないとは言え、友人であるヒロインの恋を応援することに、一体何の問題があるよ」
女子供を犠牲にして自分がハッピーになるなど、俺の流儀が許さない。
こちとら、伊達や酔狂で神様へ喧嘩を売ったわけではない。理不尽な仕打ちには、とことん抵抗するのがスラム街のやり方でもある。
俺が身に着けた処世術をよりアグレッシブにアレンジして、ここは全力で攻めてみよう。
「こうなったら探してやろうじゃねぇか。リーゼロッテも、ハルも、俺も、メリルもラルフもクリスも。他の攻略対象やその他大勢の人間まで、全員幸せになれる道ってやつを!」
全員幸せで、後ろめたいこと一切なし。俺が望む未来は、そんなストレスフリーな展開だ。
しかし、決意に燃える俺の姿を、メリルは困惑した顔で見ていた。
「いや、アラン……えー、まさか……。公爵家に行ってから、ずっとそんな感じだったの?」
「……そうだな。環境が人を作るといったところか。まあ、そんなことはどうでもいい」
ここまで長々と語ってきたが、まずはやるべきことがある。
「おい、メリル」
「何よ、アラン」
「お前の親友ポジションには色々と役割があるだろ。正直俺一人でカバーできるとは思えない。……そこで、お望み通り作戦発表の時間だ」
「一体、私に何をしろって?」
メリルは身構えるが、安心してほしい。そこまで難易度が高いことではないはずだ。
ここまで吠えておいて何だが。俺の作戦、第一弾。それは「原作」の流れを忠実になぞるものなのだから。
「メリル。お前、エミリーと友達になれ」
「…………は?」
孤独で辛いというのなら、俺が友達作りから手伝ってやろうと言うのだ。
エミリーとは覗き騒動以来顔を合わせていない……というか、一度も会話したことがないし、彼女から俺への好感度は最低域だろうが。この際構うものか。
婚約者からの紹介だ。是が非でもメリルの親友になってもらうぞ。エミリー。
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