77、あん、あん、あん


 翌日。

 家に帰ると、もっとひどいことになっていた。


 テレビが点けっぱなしになっていて、リビングにアンアン声が響いていた。


 再生されているのは『方言地味っ子委員長ちゃんの、放課後のイケない時間(ハート)』だった。


「……なんてこった」


 テーブルには飲みかけのコーヒーが置かれている。チョコレートの包み紙も、いくつか開けられている。


 そして空っぽのエロビデオのケース。


 ……状況を整理しよう。


「先輩は、AVを見ている途中で消失した……?」


 そうに違いない。最悪のタイミングだ。うわぁ。


 自分だったらと想像するだけで、ゾッとする。


 早めに帰宅した先輩は、きっと隠れて中身を確認しようと思ったんだろう。そして再生したところで消失した。


 テレビでは、画面いっぱいにモザイクが表示されている。メガネ姿の女の子がエッチなことになっている。


 俺にできることは、なんだろうか。


「ビデオを破壊しよう」


 何事もなかったことにしよう。


 もしこんな状態で、二葉先輩が現れたら、恥ずかしさで発狂するだろう。俺だったらそうだ。


 再生を続けるプレイヤーのリモコンを手に取る。


 停止ボタンを押そうとしたところで、ソファのクッションがぽんと弾むのが分かった。


「ふ」


 心臓がキュウっと縮まる。 

 後ろを振り向くと、二葉先輩が出てきていた。


 俺の背中をギュッと掴んで離さない。


 顔を真っ赤にして、ジッと下を向いている。


「……う」


 大変なことになった。


「あの」


「わ……」


「……これ」


「たまたま」


 二葉先輩は、こくんと喉を鳴らした。


「掃除してたら……たまたま」


「……これ」


「見つけてしまって」


「俺のじゃなくて……」


「そういう嘘は、良いんだよ」


 あんな風に隠してあったら、勘違いするのも当然だ。でも本当に嘘じゃない。


 二葉先輩は小さな声で言葉を続けた。


「気になって、見てみただけなの」


「そ、そうですか……消しますか」


「男の子だもんね。興味あるよね」


「本当に、俺のじゃ……」


「良いんだよ。わ、私だって知りたいし」


 手に込める力を強くして、彼女は言った。


「ナルくんの……趣味嗜好しゅみしこうを」


 俺の趣味嗜好じゃない。


「せ、先輩。お、落ち着いて聞いてください」


「落ちいているよ。もう。落ち着いた」


 フゥと息を吐いて、先輩は言った。


「こういうのは見るの初めてなので、びっくりしただけ」


「そ、そうですか。停止しますか」


「い、良いんだよ」


「え」


 先輩はポンポンと、自分の隣のソファのクッションを叩いて、言った。


「つ、つまりね。気にしてないから。い、一緒に見たって、何の問題もないんだよ」

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