76、堪能してしまった


 メガネはそこまででもない、と鷺ノ宮に言ったような気はするが、そんなことはなかった。


「お味噌汁、作り直しましたー」


 先輩が改めて、お味噌汁を持ってくる。


 ずれたメガネを、すっと直した。


「えへへ、うっかりしちった」


 照れ隠しのように、先輩はポカンと自分の頭を小突いた。モジモジと頬を赤らめて、椅子に座った。


 ……良い。


 それにしても、何と声をかけて良いのか分からない。「ベッドの下のAV見つけましたよね」なんて言えば、鍋ごとひっくり返しそうだ。


 なるだけ遠回しに。


「掃除どうでした?」


「ぶっ」


 先輩はみそ汁を吹き出した。


「そ、ソウジー?」


「掃除です」


「あ。ソウジね。ソウジ。と、とっても美味しかったよ」


 だめだ。会話になっていない。


「あの」 


「な、なぁに?」


「……俺の部屋、見ましたか?」


「見てない見てない。何も見てない」


「怒らないので……正直に」


「……み……見てない」


 どうやら見てないことにしたいらしい。みそ汁を持つ彼女の手は、プルプルと震えていた。


 この様子だと、先輩はビデオの中身も見ている。


「先輩」


「は、はい」


「メガネ似合ってますね」 


「め、メガネ?」


 ハッとした顔になると、先輩はメガネに触れて言った。


「そ、そうだね。私、目が悪かったんだよ」


「でも、前に視力2だって」


「視力2だけど、目が悪いんだよー」


「えぇ……」


 困った。完全に会話が成り立たない。相当、動揺している。


 そして、彼女の変化の理由が分からない。


 エロビデオを見たのは良いとして、どうして二葉先輩がメガネをかける必要があるんだろうか。


 疑問だ。


 二葉先輩は、焼いた塩鮭に箸をつけながら、小さな声で言った。


「ナルくん、実はメガネ好きなんだよね」


「え」


「好きだよね。私知っているよ」


「か、勘違いです」


「隠したって無駄なんだからね」


 本当に勘違いだ。

 けれど、本当のことを言えば、先輩はメガネを外してしまう。もう二度と見られないかもしれない。


 それはそれで嫌だ。


「お、おやすみー……」


 結局言えずに、メガネ姿を堪能たんのうしてしまった。


 いつも通り、同じ布団にくるまって寝ることにしたが、先輩は居心地悪そうにもぞもぞとしていた。


「二葉先輩?」


「なんか寝にくい」


「メガネつけたままだからですよ」


「……あ。うぅ。忘れてた」


 二葉先輩はメガネを外して、再び枕に頭を預けた。


 何か言いたげに俺の顔を二、三度見ると、プイッと後ろを向いてしまった。


「先輩?」


 彼女は自分の後ろ髪手をやると、結んでいたおさげをクルリと外した。解けた髪から、ふわりとシャンプーの香りがした。


「ね、ねぇ」


 二葉先輩は、俺に背中を向けながら言った。


「……ナルくんって、実は黒髪で、真面目な感じの娘が好きだったんだね」


 彼女は、少しムスッとした感じで言った。

 

 本当に勘違いだ。


 弁解しようと思ったら、先輩は消えてしまった。再び出てきた時は、スヤスヤと寝ていたので、結局言うことが出来なかった。

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