131、新しい季節

 

 二葉の消失現象は幕を降ろした。


 剥不さんの分析では、今俺たちがいるのは完全なαアルファ次元と言うよりは、少しβベータ次元の出来事が入り混じっていて、ひょっとすると前までとは、色々なことが少しだけ違っているかもしれないらしい。


 まぁ、正直理解はできないし、理解できたところでどうという訳でもない。


 日常は変わりなく続いている。


「ナルくん」


 学校の最寄駅に着いたところで、二葉が声をかけてきた。鍵が見つかったことで、彼女はもう自分の家から通ってきている。


「もうすっかり春だね」


「あっという間でした」


 本当にあっという間に、もう3月になっていた。


「卒業式、桜が咲いていて良かったな」


 桜の木が植えられた並木道が、見事なピンク色に染まっているのを見て、二葉は嬉しそうに笑った。


剥不はがれずちゃんも卒業できて良かった」


「……危うく退学でしたからね」


「本当に、危ない、危ない」


 俺たちが起こした給水塔崩落事件は、町内を騒然とさせるほどの大事件となった。しかし、その中に銃のようなものを振り回す高校生、という事実はなくなっていた。


 俺たちはたまたまそこにいて、事故に巻き込まれた3人というだけになった。よって単なる停学処分。留置所送りもまぬがれた。


 これもタイム・パラドックスの影響だと言うことらしい。鷺ノ宮に言わせれば、都合の良すぎる未来だ。


 俺たちの横を、卒業式の華やかな服を着た女生徒が通り過ぎていった。二葉がその後ろ姿に、ジッと視線を送っている。


「ところで」


「ん?」


「なんで今日、普通に登校しているんですか」


 いつも通りの制服に身を包んだ二葉に問いかける。

 彼女は肩をすくめると、サッと視線をそらしながら言った。


「いや何かの間違いで卒業できることにならないかなと」


「多分無いと思います」


「多分?」


「いや、絶対」


 彼女は大きなため息をついた。


「だよね」


 満開の桜を見上げると、二葉はこぼすように言った。


「私、本当に……留年なんだなぁ」


 これが、タイム・パラドックスの産物のもう1つ。

 二葉の消失していた時間が、なぜだか知らないが出席日数としてカウントされておらず、高校3年生をもう一回やり直すことになった。


 つまり留年。


「最悪だよ」


 がっくりと肩を落として、彼女は言った。


「推薦も取り消しとか。意味分かんないよ」


「一緒に頑張りましょう」


「いやだあ」


 彼女はぶんぶんと首を横に振った。

 その髪に桜が舞い落ちる。汚れのない、ピンク色の花びらだった。


「やっぱり帰ろうかな。虚しくなってきた」


「じゃあ、一緒に公園でもどうでしょう」


 そう言うと、二葉は嬉しそうにうなずいた。


「良いね」


 通学路を外れて、近くの河原にある公園まで歩いていく。

 頭上にはあんパンみたいな雲がポカンと浮かんでいて、ひんやりとした穏やかな風が吹いていた。満開の桜が、川の向こう岸に見える。


「良い天気だね」


「ですね」


「卒業できないことが嘘みたい」


「結構引きずってるんですね」


「かなり」


 出会った時より、伸びた髪がさらりと揺れた。


「だって、また高校生繰り返すとか意味分からないし。残り1年で終わると思ったぼっち生活が、もう1年だよ。ナルくんだったら、どう思うよ」


「クソみたいに最悪ですね」


「でしょ」


 もっともな話だった。

 彼女はおもむろに立ち上がると、そばにあった石を思い切り放り投げた。ボチャンと大きな波紋が立った後は、投げた石は水の底に沈んでいった。


 むぅと顔をしかめた彼女は、対岸に向かって「ちくしょー」と叫んだ。


「やってられん」


「あのさ、二葉」


「……なに」


「1つくらいはきっと、良いことあるから」


「あるかな」


「また一緒にお昼ご飯が食べられる、とか」


「あー……」


 そう言うと目を二、三度ぱちくりとさせて、


「そうだね」

 

 と嬉しそうに笑った。


「それはとても良いことだ」


 その楽しそうな横顔から、目が離せない。やっぱり、俺の彼女は可愛すぎる。

 

「ねぇ、ナルくん」


 俺の隣に腰を下ろした彼女は、目を細めるとニッコリと笑った。


「本当に、良い天気だね」


「はい、とても」


 春の風が横切った。

 どちらが言い出すでもなく身体が動いた。柔らかい唇が触れた。


 当たり前のように、キスをしていた。


「……ん」


 唇を離すと、彼女は笑顔のまま言った。


「ちょっと幸せな気持ちになったかも」


「良かった」


「うん」

 

 二葉は周りに誰もいないことを確認すると、小さな声でささやいた。


「ね。もう一回」


 顔を寄せる。


 おでこがコツンとぶつかった。髪が頬をくすぐった。良い匂いがした。鼻の頭が少しだけ冷たかった。


 それはさっきよりも長いキスだった。できるだけ長く、できるならずっと永遠に、このままこうしていたいなと。


 そんな風に思った。

 













 〜おしまい〜

 


 


 

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陰キャぼっちですが、俺の彼女は可愛すぎる。 スタジオ.T @toto_nko

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